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「んまーーー!!素晴らしいですわ!!お美しいですわ殿下!!アフロディーテ神の化身ですわ!!わたくし自分の才能が恐ろしいですわーーー!!!」 「アフロディーテは女神だ…」 純白のフロックコートはリヒャルトの漆黒の髪がよく映える。深い紫色のスカーフタイはリヒャルトの美しい瞳に限りなく近く、それを束ねる金色の装飾にはラビエル王国の国旗に描かれる天空に向かって羽ばたくドラゴンが刻まれた、この日のための一点物だ。上品に輝く光沢のマントを纏った姿に、孔雀の仕立て屋は見事な尾羽をバサバサと煽って興奮を露わにした。 「リヒャルト様…すごい、お綺麗です…」 「ありがとう。」 マシューの心からの賛辞に、リヒャルトはニコリと微笑んだ。 太陽が高く登り、水に囲まれた王城が光を浴びて最も美しく輝く正午の時、リヒャルトはルイと結婚式を挙げる。 紫水の悪魔と呼ばれる王子の結婚式に、国内外から多くの賓客を招き盛大な宴の準備が進められていた。 そんな中、浮かない顔をしているのは、マシュー一人だけだった。 ━━━ 鮮やかなエメラルドグリーンのラインが際立つミッドナイトブルーのタキシードに袖を通したマシューは、苦い思い出しかない謁見の間の一番末席にひっそりと佇んでいた。 玉座には国王とリヒャルトの母であるオリヴィアが、そしてその隣に宰相と神父が控えている。ジークハルト第二王子にクラウディア王女とエリーゼ王女、モニカ王妃と思われる獅子獣人の女性にグスタフ医師の姿もあったが、そこにラインハルト第一王子の姿はなかった。 マシューはこっそりため息をついた。 形だけとはいえリヒャルトが誰かと永遠の愛を誓い合う姿なんて見たくない。目を閉じていたってこの無駄に鋭い聴覚がその様子を逃しはしない。 わかっていたこととはいえ、どこかでリヒャルトなら結婚式そのものをなくしてくれるんじゃないかと期待していたのだ。 マシューがまたひとつため息をついた時、天井の方から盛大なファンファーレが鳴り響いた。皆の視線が一斉に振り返り、衛兵が豪奢な扉をゆっくりと開いた。 その向こうに佇む、愛しい人。 背筋を伸ばし真っ直ぐに玉座を見据えたリヒャルトはゲオルグを従えてゆっくりと一歩を踏み出す。ニコリともしない凛とした姿に、誰もが感嘆のため息を漏らした。 末席に佇むマシューのすぐ前を、リヒャルトが通り過ぎる。リヒャルトは少しもマシューの方を見なかった。 玉座の前に辿り着いたリヒャルトはゆっくりと膝を降り、国王と王妃に(かしず)く。それを受けた国王はゆっくりと立ち上がり、宰相が差し出した立派なクラウンをリヒャルトの頭頂部に飾った。 「…我が息子リヒャルトの成婚を祝い、これを授ける。」 「有難き幸せ、謹んでお受け致します。」 割れんばかりの拍手が巻き起こる。 花婿が国王から賜ったそれを二人のものとして花婿から花嫁に贈るのが、このラビエル王国王族の結婚式の習わしなのだとか。 ゆっくりと立ち上がったリヒャルトが振り返ると、その視線の先に、同じく純白のフロックコートに身を包んだ花嫁、ルイの姿があった。 父親と思われる男性とレッドカーペットを歩くルイは、心なしか浮かない顔をしている。半分ほど進んだだろうか、それまで真っ直ぐにリヒャルトを見つめていたルイの視線がちらりと動いた先は、ゲオルグだった。 ルイの気持ちが、痛いほどわかる。 マシューはぐっとこみ上げるものを飲み込むと、その光景から目を逸らした。 目を逸らしてはいけない。 リヒャルトは自分を選んでくれた。自分が信じなくてどうするんだ。頭ではそう思うのに、直視したらあっという間に涙が溢れ出そうだった。 「汝健やかなるときも…」 荘厳な雰囲気が漂う中、神父の流れるような言葉が謁見の間に響く。他の音は何一つしないというのに、マシューの耳は人一倍よく聞こえるというのに、その決まり文句は届かない。右から左ヘ素通りして、何も理解が出来ない。 あそこにいるのが、自分だったら。 そんな無意味で虚しい妄想を繰り広げている。 「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 静寂が訪れる。 その一瞬、普段なら絶対に聞き取れないだろう、リヒャルトが次の言葉を紡ぐため息を吸い込む音が謁見の間に響いた。 「…いいのか、ルイ。」 静かに響いた声が紡いだ言葉に、誰もが息を飲んだ。

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