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第5話

「まあ、こっち来いよ。息子の直だ。悪い言葉とか、悪いこととか教えないでくれよ? すぐに真似するから」  直の前の席を指して徹を呼んだ。本来ならば妻が座るはずの席だった。だが、もう彼女は居ない。 「お前、あそこで何してたんだ?」  警戒するように席にやってきた徹に問いかけた。本当なら同じくらい警戒するべきなんだろうが、どうにも冷たい扱いは出来そうにない。奴が傷だらけの捨て猫だからだろうか? 「他校の奴らに喧嘩売られて、買って、勝って、覚えてない」  俺が作ったオムライスの前で意外にも律儀に「いただきます」と手を合わせて徹はスプーンを動かし始めた。直も徹のことをチラチラと見ながら自分でスプーンを口に運んでいる。 「高校生だよな?」 「高3」 「喧嘩なんてして何が楽しいんだ?」 「知らない、死ぬまでの暇潰し」 「おい! ――いや……」  生きようとしたって生きられない人間だって居るんだぞ? と声を荒げそうになった。だが、直のことを考えて必死に堪えた。 「ごちそうさまでした」 「早いな、ちゃんと噛んでるのか?」  徹がオムライスを完食するのに掛かった時間は、ほんの数分だった。まるで飲み物のようだ。 「美味かったから」  にへっと笑う口元から二本の八重歯が見えた。まさか、そんな表情をされると思っていなかった俺は不意を突かれて何も言えなくなった。俺は不思議な奴を拾ってしまった。 「じゃあ、どうも」  突然立ち上がり、徹は俺のスエットを着たまま外に出て行こうとした。 「は? 待て待て、外は雨だぞ?」 「んなの関係ねぇ、こうしてこうだ」  俺が止めると、まだ乾いていない学ランの上着を頭に巻いて、徹は目だけが外に出るような格好になった。 「いやいや、怪しいから」 「てちゅ、おばけ!」  お子様用のスプーンで徹のことを指した直は急に椅子の上で立ち上がった。 「危ない!」  ぐらりと揺れる椅子、我が子が宙を舞う。 「誰が化け猫だ?」  自分も手を伸ばしていたが、気付くと徹が直を抱き留めていた。一瞬、スプーンが床を跳ねる音だけが部屋に響いた。  

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