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バースデーディナー-1
結局料理の良い匂いを嗅ぎながら、設楽はリビングの引き出しも片っ端から開けまくり、DVDのケースを一つ一つ開けて、中に違うDVDが入っていないかの確認をした。カウンターの向こうからイヤそうな顔はしているが、それでも大竹は「ストーカーと分かっててお前と付き合ってんだから、もう諦めた……」と小さく首を振る。
一通りの捜索が済み、「こうなると逆に本当にあのタブレットが気になる!!」と叫ぶ設楽に、大竹はうんざりとした声で「お前、俺のエロネタ見つけんのと、俺の作った心尽くしのバースデーディナーを食べるんだったら、どっちが良いわけ?」と訊いてきた。
「え!?ご飯出来たの!?」
「一応な……」
「食べる!すっごい良い匂い!何の匂いだろ~」
やっと設楽がいつもの設楽に戻ってくれて、大竹はこっそりと胸をなで下ろした。
ワクワクしながらテーブルに着いた設楽の目に映ったのは、しかし予想していたようなハンバーグとかステーキとかエビフライではなかった。
「え!?何これ!初めて見るよ!?」
テーブルの上の皿には、マッシュポテトを豚肉で巻いたソテーに何かのジャムが添えられた物がサーブされ、その隣には丸いおまんじゅうのような物と、焼いたインゲン、それからこちらも焼いたトマトが並んでいた。スープはカボチャのポタージュにしてはずいぶん赤い。
「あぁ、そっちの肉はスタッフドポークで、リンゴのソースで食べるんだ。丸いのはコルカノンって言って、マッシュポテトにキャベツ混ぜて団子にした奴な。後、ポタージュはニンジンだ」
「……え?これ、先生の家庭の味?」
いや、普通これ定番の誕生日料理じゃないよね?むしろ、日本の定番家庭料理でもないよね……?コルカノンとか……初めて聞いたんだけど……?
「あれ?先生のお母さん、外国の人?」
「いや、俺を見たら分かる通り、俺の両親は日本人だ。でも誕生日とかクリスマスとかセントパトリックスデイとかのお祝い事には」
「待って!聞き慣れない単語出た!セントパトリックスデイって何?」
「聖パトリックのお祭りで、緑色の服着て遊んだり……しないよな……?ごめん、うん、多分しない……」
設楽の奇妙な表情に気づき、大竹が急にバツが悪そうな顔になった。
「えと、育ての親が外国の人?」
「う~ん、まぁ、似たような?」
大竹は少し困ったような顔で、自分の生い立ちを話し始めた。
大竹の両親は、国道沿いのビルの一階で喫茶店を営んでいた。そのビルの三階以上は居住フロアになっていて、実家は今もそのビルの一室らしい。そこは外国籍居住者が多く住んでいて、日本人よりも外国人の住民の方が多いくらいだった。
大竹は、そういう隣人の中で育った。
日本人は自分の子供の友達でもない限り、他人の子供を家に上げて遊んばせたりはしないが、外国籍居住者の中には当たり前のように、子供だけで留守番をしている大竹達を家に入れて、遊んでくれたり食事を作ってくれたりする住人がいたのだそうだ。
幼い頃は母親が夕飯を作りに帰って来てくれていたが、大竹が十歳の時に父親が事故で他界すると、母親が一人で店を切り盛りすることになり、見かねた同じビルの顔馴染みの住人達が、順番にご飯を作ってくれるようになった。中でもアイルランド人の夫婦は子供がいなかったせいか特に自分達を可愛がってくれて、何かにつけパーティーを開いて楽しませてくれたのだそうだ。
「だから、ヘルガが作ってくれたバースデーのメニューが、俺にとっては定番の家庭の味なんだ」
ヘルガ達は八年前にアイルランドに帰っちゃったから、余計に懐かしくてさ、と、大竹はふっと表情を和らげた。
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