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バースデーディナー-3
「そりゃそうだろ。外国人って言ったって、英語喋れない奴らだって結構いるし。逆に日本に住んでんだから、いくらかは日本語喋れなかったら生活できないしさ。そしたら共通言語は普通に日本語になるさ。ただヘルガは専業主婦な上に周りに英語喋る奴が多すぎたせいか、あんまり日本語喋れなくてさ。まぁ他にも仲良いのがアメリカ人とドイツ人だったから、俺らガキの頃から英語は何となく喋ってたけど。でもお前の方が喋れんじゃねぇの?お前、帰国子女ばりに話せるって聞いたぞ?」
設楽の勉強の手助けはいくつかしてきたが、英語だけは全く手伝う必要ないほど、設楽は英語の成績が良い。文法だけでなく、発音もヒヤリングもほぼ完璧だと聞いている。
「あぁ、それはほら、父さんの二番目のお姉さん、アメリカに嫁いだって話、田舎で聞いたでしょ?そこの従兄弟達、日本語あんま喋れないくせにジャパニメーションとアイドルオタクで、毎週毎週情報寄こせって、スカイプかけてきて大変なんだよ!俺も最初は英語分かんなかったんだけど、あいつら興奮すると全部英語になっちゃって。必然的に俺が英語覚えちゃった」
大竹はそれを聞いてニヤリと笑うと、英語で《じゃあ俺達、外国で式挙げて、そのままあっちで暮らせるな?》と囁いた。
《マジで!?オッケー!俺はどこの国でも付いてくよ!?》
二人はそのままおかしそうに笑うと、どちらからともなく机を挟んでキスをした。
《じゃ、続きは食べてからね?》
《おう、さっさと食べてくれ》
その後設楽は初めて食べるアイルランド料理に歓びながら、大竹の昔話を聞きたがった。大竹がどんな人たちとどんな風に過ごして来たのか、興味を持つなという方が無理な話だ。
昼間は家でゴロゴロしている「ちょい悪オヤジ」達が、大竹が帰ってくると開け放した窓や玄関からだらしない格好でニコニコと手を振ってくること。
その「ちょい悪オヤジ」達が夜には近所の飲み屋やレストランでスラリと格好良く給仕なんかしていて、きざったらしくウィンクしてくること。
アメリカ人のジェイクに英語の宿題を聞こうとすると「申し訳ないがそんな文法は聞いたこともないね」と憤慨すること。
ラーメンの汁を残すと「それはスープなのだから、スープは全て飲むのが正しいだろ」と、ドイツ人のシギーが怒り出すこと。
メキシコ人のリカルドがシシトウを買ってきては「日本の青唐辛子は全く辛くない」と哀しそうな顔をすること。
大竹がお祝いのシャンパンを片手につらつらと思い出話をすると、設楽は楽しそうに大笑いしながらもっともっとと話をねだる。
大竹の子供時代を想像しながら料理を食べていると、コルカノンに刺したフォークにかちんと何かが当たった。
「あれ?」
ナイフで切り分けて探ってみると、中から陶器でできた指輪が出てきた。
「え!?え、これって……え!?」
指輪!?
指輪が芋から!?
イヤ待て。コレってアレか?シャンパンから指輪が出てくるとか、そういう?いや、でも何で芋から?いや!いや、この際芋だって良い!
設楽がの反応を伺っていた大竹は、設楽がみるみる赤くなっていくと、あれ?なんで赤くなるんだ?と不思議そうな顔をして、それから何かに思い当たって、慌てて言い訳を始めた。
「え?イヤ、ごめん、違う!ハロウィンとかセントパトリックスデイとかにはコルカノンの中に一人分だけ指輪入れとくんだよ!入ってた奴はその年一年幸せに過ごせるんだ!た、誕生日の時にはヘルガがいつも主役のコルカノンに指輪入れてくれてたから、俺それが当たり前なんだと思ってて……!いやあのっ……」
それから大竹は肩で息をすると、真っ赤になった口元を手で覆いながら、「ごめん。もっと気の利いた物を仕込んでおいた方が良かったのか……?」と呟いた。
「いや!ごめん先生、ちょっと驚いただけ!か、形が指輪だから、ほら!」
「そ、そうだよな……。ごめん、紛らわしい物入れて……!」
「いやあの……えっと……」
二人はお互いに目を合わせるのすら恥ずかしいような気持ちになって、大竹は慌ててガツガツ食べ始めるし、設楽はシャンパンをガブガブ飲もうとしてむせて盛大に咳をするしで、もうグダグダな感じになってしまった。
「えと、この指輪って、お、俺の指にも入るかな……」
「いや……それ俺がガキの頃に貰った奴実家から取ってきただけだから、サイズは全く分からねぇんだ……。ごめん」
え。
先生が子供の頃貰ったコルカノンの指輪……。
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