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バースデーディナー-5

 その小指に、まだ設楽は陶製の指輪を付けている。その嬉しそうな姿に、大竹はどうして良いのか分からなくなった。  さっき自分で「外国で式挙げて」なんて言ったくせに、指輪一つでこの体たらく。ザマァねぇなと思う反面、自分の人生の中にこんなプロポーズめいた場面があることに狼狽えて、大竹は恥ずかしいような幸せなような居たたまれないような嬉しいような穴を掘って埋まりたいような、様々な感情に押し包まれて、もう溺れ死にそうだった。  なんとなくモジモジとした空気のまま食事を終えると、大竹はテーブルを片付けてコーヒーを淹れた。設楽が皿を洗おうかと言ってくれたが、「お前が今日の主役だから」と座らせておいて、テーブルをセットし直すと、ケーキを冷蔵庫から出してきた。 「うわ、こんな可愛いデコレーションケーキがあるんだね!」  二人で食べるのだからと三号のケーキを買ってきたのだが、もう少し大きい方が良かっただろうか。だが、その小ささに喜んでるようだからまぁ良いかと、そのままろうそくを用意する。 「このサイズで年の数だけろうそく立てるとすごい事になるから、ろうそくはコレな」  1と7の形をしたろうそくを取り出すと、「わ、先生マメ!」と設楽は更に大喜びしてくれた。 「俺、ケーキのろうそく消すの初めてだよ!俺の誕生日が正月なせいか、父さんも母さんも自分の誕生日遠慮して、パーティーめいたモノした事無いんだよね。願い事してから一気に吹き消すと、願い事が叶うんでしょ?あ、先生!ハッピーバースデーの歌、歌ってよ!」 「俺が!?お、お前も歌えよ!」  そう言えば、今まで一度も大竹と二人でカラオケに行った事はない。酔っぱらって歌う鼻歌を聴いた限りではそんなに下手くそではなさそうだが、ちゃんと歌うときはどんな声で歌うんだろう。  ワクワクしながら大竹が歌い出すのを待っていると、大竹は「もう今日はどんだけ羞恥プレイだよ」と前置きしてから、低く囁くような声でHappy Birthday to youを歌い出した。  うわ。  うわ、なんて低音ボイス!歌の巧さは正直普通だけど、自分のために歌ってくれてると思うと、何か直接腰に来る。しかもこの声で!低音ボイス最高!イエス、ウィスパーボイス!!  歌が終わると、設楽は必死になって手を叩き、大竹から「拍手は良いからろうそく消せよ」と突っ込まれた。 「あ、そうか!でも先生の歌、すごい良かった!メッチャ腰に来た!!」 「良いから早く消せ!」  大竹は真っ赤になった顔を歪めて、設楽の背中をバンと叩いた。うぅ、相当痛い……。いや、でももうコレは学習した。コレは最上級に照れているのだ。照れまくっているのだ。くそう、可愛いなぁ、先生!!  ろうそくは1と7の二本しかないのだから、一息にすぐ消えた。ろうそくが消えて部屋の電気が暗くなるなり、大竹は「誕生日おめでとう」と額にキスをしてくれた。 「設楽、誕生日プレゼントなんだけど」  そう言って立ち上がろうとした大竹の腕を、設楽は咄嗟に掴んだ。 「設楽?」 「先生、プレゼントは先生が良いって言ったの、覚えてる?」 「だからそれは……」 「うん。先生を頂戴とは言わない。だけどお願い。一緒にお風呂に入らせて貰ったら、ダメ?」 「え…」  大竹が頬に朱を走らせて設楽を見つめると、「いつも温泉に一緒に入るじゃん!お願い!」と設楽が重ねて言った。  断られるかと思っていた。いつものように、「それはない」と一言で切って捨てられると。  だが大竹は暫く逡巡した後、意を決したように顔を上げた。 「風呂、一緒に入るだけだよな……?」 「うん!」  本当は全くそんな気はないが、大竹にNoを言わせないためにはコクコクと首を縦に振って肯定するしかない。 「本当に一緒に風呂に入るだけか……?」 「もちろんだよ!!」  それきり、大竹は黙り込んでしまった。まるで彫刻のように全く動くことのない大竹に、段々不安になってくる。  どれだけそうしていたのか。 「……バスバブル入れても良いんだったら……」  大竹が、小さな声でぼそりと呟いた。 「え…?」  それって……。  大竹は設楽の返事を聞かずに、立ち上がって風呂の準備をしに、バスルームに消えていった。   ◇◇◇ ◇◇◇

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