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 何が起こったのかを潤の頭で理解するには難しかった。  考えをまとめるのを颯真が待ってくれているはずもなく、本能的な開放感のなかで呆然としていた潤の腕を、颯真が掴む。 「今度は仰向けだ」  颯真の指示は簡潔で強引だった。そのまま力の抜けた身体を裏返されて、ひっくり返される。 「あ……」  もちろんすでにタオルなどは取り払われてしまっている。 「ちょっ……」  思わず潤が悲鳴を上げる。  颯真を見上げると、いつもの彼の顔があった。    そうだった。乱れているのは自分だけだった……。  そう認識すると、急激に羞恥心が沸き上がる。  颯真が無防備な潤の脚を掲げ、ベッドと腰の間に枕を入れ込んだ。腰が上がり、脚を下ろすこともできない。力を抜くと重力で脚が開いて、白濁にまみれた潤の局部は颯真に丸見えだ。   「もう少しやろうな。頑張れ」  颯真が先程の解放で大人しくなった潤の性器を、再びゆるゆると愛撫し始める。  それがじれったいもので、潤はすぐに訳が分からなくなった。脚を開いたまま、天井を仰いだ。  その間から見えるのは、双子の兄の姿。潤の膝に手を乗せて、股間を凝視している。  その光景を異様とも思う理性はもう残っていなかった。  颯真が、潤の耳元まで身体を寄せると、理由もなく、身体がぞわぞわとした。 「潤。目を閉じて」  颯真の言うとおり目を閉じる。そして両手で目を押さえる。潤自身もこんな自分を見たくない。 「……タオ、ル」  潤が喘ぎの中からそれを求めると、颯真が潤の手にそのタオルを握らせてくれた。  それをくしゃくしゃにして顔に当てる。  声も顔も、兄から隠したい。これは治療だ。たぶん、だらしなく乱れた顔をしている自分を、この兄から隠したいのだ。それはオメガの弟としての、プライドだった。  しかし、視界が隠されると、とたんに恐怖心が湧いてくる。今の颯真が何を仕掛けてくるか分からない。でも、きっとそんな情けない顔も声も、このタオルが吸い取ってくれる。  颯真の指が潤の中に再び侵入してくる。何本かなんて分からない。しかし、中を拡張するように、出しては入れを繰り返す。それがとても気持がいい。 「んっ……」  思わず息が上がり声が漏れるのを、タオルで押さえる。  すると颯真が、潤の中でもひときわ敏感な場所に触れた。 「あぁっ……!」  声が思わず漏れた。背中がしなり腰が揺れる。颯真の手が潤の大腿の裏側を手で押さえる。そのぬくもりが、なぜかさらに快感を呼ぶ。 「気持ち良かったらちゃんと声に出して。その方が分かりやすい。でも顔は、……頼むから隠してて。俺が自分を抑えられなくなるから」  脳がとろとろにとろけかけていて、颯真が言っていることが半分くらい理解できなかった。  颯真の手が、簡単に屹立した潤の性器を再び優しく触れる。それだけで潤は果てそうになり、腰が揺れる。後ろを指を差し入れされて、前後からの攻めにもう抵抗できなかった。颯真が与える刺激に応えて、啼くだけ。 「ああっ……!」  潤の背中がしなる。  相手が颯真であると分かっているのに。  兄の指なのに。  気持がいい……。    タオルの下で、両目からじわりと温かい涙が浮かんでくるのが分かった。  身体は、完全に快楽に堕ちた。 「……感じてる時の潤の声、可愛いな」  颯真がそう小さく呟いて、今度はぐっと潤の弱い場所を刺激する。 「はぁぁ……あん!」  身体が波打ち、二度目も潤はいとも簡単に果てた。  脱力した潤をそのまま颯真は抱き寄せて、肩を露出させて素早く脱脂綿を走らせる。  そして躊躇いなく肩口に注射器を刺した。  チクリとして、ぐぐぐっと痛みが強まる。 「あう……」  潤んだ視界で、潤が颯真を見上げる。  颯真はいつもの通り。 「何も考えずにとりあえず寝ろ」  そう言われて、ようやく眠れると、潤は心から安堵した。  意識はその直後に深く深く沈んでいった。  夢も見なかった。  急激に意識が浮上して、目が醒めた。気がつけば、自室のベッドの上で俯せで寝ていた。見慣れた窓が見える。  まどろみなんてなかった。目が一気に覚醒して、思わず視線を回してしまい、人気を探す。  誰もいないみたいだ……。  肘をついて身を起こす。  室内は光が付いていないが、窓から明かりが漏れている。何時……というか、いつなのだろう。  枕元に自分のスマホが置かれていた。    ディスプレイをオンにすると、十二月二十九日の夕方だった。そんなに経ったのかと驚く。  あれから丸一日近く……。  眠りに落ちる前に颯真にされたことは、はっきりと思い出せた。  確かに射精に至れずに苦しんでいた。  苦しかった。身体も心も。  楽になりたかった。  でも、あれを治療だと言われても戸惑いしかない。颯真に機械的に性感を刺激されて、無理矢理に射精にまで至るのは……。  颯真はあれを発情期が終わるまでやるつもりなのかな…。  急激に気持が落ち込む。自分の身体がまだ発情期を脱していないのは、寝起きにも関わらず、むずがっている下半身を顧みれば、十分察することが出来る。  それを知られたら、また颯真にやられるのかな。  恥ずかしさなど正直どうでも良くなるくらい、気持がいい。  しかし、他人に触られる、あの強烈な快感は怖い。  ここから逃げたい。  いや颯真の元から逃げたい。  彼にのしかかられては、自分はもう抵抗できない。  潤はベッドから身を起こす。頭の隅では衝動に近い行動だと自覚していたが、それでも着替えて実家に帰ろうと思った。いや、実家に帰れば森生のかかりつけ医がいるのだから、だめだ。  ならばホテルに篭もって残りの発情期をやりすごすのはどうか。  潤には妙案に思えた。が、ここから一番近いホテルに行くにしても、まだ発情期中なのだから抑制剤を飲まないと心許ない。  抑制剤か。潤はここ最近颯真から必要量しか手渡されていなかったことに気がつく。この家にないはずはないのだが、医薬品の管理は基本的に颯真が行っているため潤には分からない。  でも、リビングに置かれていたドクターバッグには入っているだろう。自社製剤であれば選ぶこともできる。  潤は部屋からそっと抜け出して、リビングに向かう。リビングは明かりがついておらず、人気も無い。颯真はいなかった。  昨日、颯真がシリンジキットを取り出していたドクターバッグは、そのままリビングの脇に置かれていた。鍵が掛けられているかもと心配したが、幸いにもロックは掛けられておらず、潤はそのままバッグを開けた。  中には救急用のドクターズキットの他に、検査キットや小型の検査器、滅菌済みの診療用具や検査用具、さらに医療用グローブなどの消耗品、そして医薬品も収められていた。  パッキングされたキットを一つ一つ確かめていくと、その中に見覚えのある錠剤が目に付いた。  その薬剤だけ、簡単な密閉袋に入れられているだけだが、かなりの量がある。  潤はそれを手に取ってみる。錠剤に刻印されたマークを見て、やはりと無邪気に頷いた。  アルファベットの「M」に似たマークは、森生メディカルの錠剤に刻印されるもの。  抑制剤かなと、錠剤の包装シートを裏返すと、森生メディカルの製品ではあったが、フェロモン抑制剤ではなかった。 「スラット……」  その製品名は、確かヒート抑制剤だ。    すんと、潤の嗅覚が刺激された。  ゆらりと身体が目眩を起こした。  なにこれ。  動揺をそのまま、思わずパジャマの上衣を握りしめると、ふわりとその動揺する香りが潤を包み込んだ。 「あ……」  それはミントのような爽やかな香り。 「それは潤が飲んじゃダメなやつだな」  背後から腰に手を回され、潤は心臓が跳ねた。思わず振り返ると、当然のように潤の背後に颯真の顔がある。 「……そ、颯真っ…」  動揺が言葉にも出てしまっている。  颯真は落ち着いた様子で、背後から潤の手の中にあるスラットの錠剤シートを抜き取る。   ここに居ることを問われもしないし、勝手にバッグを開けていることを咎められもしなかった。  それよりも、潤が驚くのはこの香りだ。思わず、鼻に手を当てる。  双子の片割れ、であるはずなのに、これまで感じたことがないような濃厚なアルファの香りに、否応なく身体が興奮させられている。 「……それ、うちの」 「そう。森生メディカルのヒート抑制剤スラット。潤は飲んじゃダメなやつだけど、俺には必須」 「え」  意外といった表情を隠さない潤に、颯真は苦笑する。 「俺はアルファだぞ」  忘れたのか、と問われたが、こんな香りに包まれて忘れるもなにもない。 「颯真……僕の香りには反応しないって……」 「そんなわけあるか」  颯真は気分を害した様子もなく、淡々と否定した。  確かに、そんなことを言われた記憶はない。  颯真はずっと当たり前のように自分の隣にいて。  しかし、この発情期が始まっても、どんなに体調が悪くても、ちゃんと診てくれて、楽してにしてくれて。そして、いつも平静だった。昨日の一件だって、治療の一環であったはず。  しかし、それらはヒート抑制剤を飲んでいないということにはイコールにはならないのだ。  潤は、この約十年で思いも寄らなかった事実に、初めて気がついた。  双子だから、兄弟だから、身内だから、自分のフェロモンを感じないのだと、勝手に思い込んでいた。 「俺はずっとお前の香りに当てられてきた」  颯真の目はこれまでとは少し違っていて、射抜くような強さを持っていた。  潤も入社直後はMRとして自社製品の情報提供を医療機関に行っていた時期がある。もちろんヒート抑制剤スラットが、どのような薬剤であるのかは、よく知っている。  ヒート抑制剤は、オメガの発情期に触発されて起こしてしまうアルファのヒートを抑制する薬剤だ。オメガのように日常的に使用することはあまりないが、発情期を起こしたオメガに遭遇してもすぐに服用しても効果があるように即効性が特徴だ。  スラットは森生メディカルのヒート抑制剤でも、特段に高い効果を持っているが、それゆえに身体への負担も大きく、連用は禁忌とされている薬剤であるはず。  それをこんな量を持っているなんて。  潤は混乱する。  颯真はそこまで無理をして、自分の発情期に付き合ってくれていたのか。  逃げなければ、という気持が潤のなかで萎んでいく。颯真が自分に与えてくれるものの多さを、改めて実感した。 「ごめ……ん」  自分の無神経さに呆れる。 「謝んなよ」  颯真が潤を背後から抱き寄せる。いつもは感じないはずの颯真の香りがすごい。鼻腔から侵される感じがする。  もともとは好きな香りなのだ。本能は躊躇いなくその香りに身体を委ねかけるが、それはいけない。理性がギリギリのところで踏みとどまる。 「潤。今日はヒート抑制剤飲んでないんだ」 「な、なんで……?」    颯真は、潤のその質問には応えない。 「言っただろ。発情期を早く治めるためには、オメガはアルファに抱いてもらうがの一番早い」  颯真のフェロモンに浮かされながら必死に考える。  この話展開はまずい。このまま側にいてもまずい。  潤は颯真の元を離れようとしたが、その動作を察知した颯真が潤の腕を掴んだ。  「楽になりたいだろ?」  それは潤にとって甘美な誘惑にしか思えなかった。  颯真が潤を背後から抱き寄せる。 「え……?」  肩口に唇を寄せて、小さく呟く。 「…潤。俺も限界だ……」  うん、と身を委ねたらどんな展開が待っているのか。今は考えること自体が難しい状態だが、そんな半分壊れかけた脳でも、そこは何となく分かる。  潤は思わず颯真を見上げる。視線を交わし、潤は本能で悟った。  颯真は、もう決めてしまっている。  颯真はアルファ。自分はオメガ。  アルファにこんなふうに見据えられてしまっては、オメガはもう逃れられない。このアルファに抱かれるんだと、実感が押し寄せてくる。  ならば、この香りに身を委ねていいのかな……。  潤の身体から力が抜けた。颯真がそれを受け止める。  自然、潤の身体は颯真の胸の中に収まった。 「俺が治めてやるから」  颯真の声が心地よい。 「お前は何も考えるな。快感を追うだけでいい。俺が与える気持のいいことだけな」  颯真が浮かべる表情は、いつもの兄のものには見えなかった。

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