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(15)★
今回は中盤にちょびっとエロい表現があるので、背後などお気をつけ下さい。
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「失礼します。社長お話は済みました?」
大西と堅い握手をした直後、見計らったようにノックをして入ってきたのは飯田だった。
潤と大西が向かい合っている姿を見て、おそらく察したのだろう。
「今回の組織改正の最大の難関の説得に成功ですかな」
そんな風に表現した。
大西は潤と飯田が情報を共有していたことを察したようで、苦笑した。
確かに、この組織改正は大西のようなリーダーシップを取れる専門家がいなければ成し得ない類いのものだ。
この大胆な改革には、このような人物がいないと難しいと、当初から潤と飯田は考えていた。それと同時に、大西ような人材の育成も急務ということだ。
飯田が持ってきたのは、顧問弁護士からの報せだった。
「昨年末の佐賀元管理部長の社長室での傷害行為についてですが、社長を診察された誠心医科大学横浜病院から昨日診断書を取り寄せ、証拠品とともに警視庁品川署に被害届を提出しました」
年が明けてすぐの電光石火の対応だった。
飯田によると、即日受理され、捜査が開始されたという話で、潤にも近く事情を聞きたいという。
潤は頷いた。
「分かりました。いつでも伺います」
当時、あの場には、江上と電話で繋がっていたとはいえ、潤と佐賀の二人だけだった。会話自体は潤のスマホに記録がある。それをすでに警察には提出している。
被害者だし、当然事情聴取には応じなければならないだろう。
ただ、佐賀に投与されたグランスの具体的な身体的な影響について、聞かれたらどう答えればいいのだろういう戸惑いがある。
潤にとって、あの一週間……いや取締役会が終了してから元旦まで、単にオメガがフェロモン促進剤を打たれたという事実以上の、筆舌にしがたい辛い経験をした。
あれを、今更思い出したくはない。
不意に颯真の顔が浮かんで、意識的に消す。
それではない。違うと思う。決して、颯真に抱かれたことを言っているわけではない。
あそこまでに追い込まれた、自分と颯真が味わった、あの数日間の苦しみを、もう記憶として辿りたくないのだ。
「社長?」
飯田が心配げな表情を見せる。潤は繕うように表情を意識して改めた。
「いや、なんでもない」
「あの、社長は被害者ですから、言いにくいことは言わなくて大丈夫ですし、弁護士も同席しますから」
「飯田さん」
いつになくその呼びかけが硬い気がした。
「大丈夫だから。ありがとう」
努めて自然を装って返した言葉に、飯田もなにかを言いかけて、口を噤んだ。
「社長、到着しましたよ。お疲れさまでした」
馴染みの運転手が、自宅マンションの玄関にレクサスを横付けし、後部座席の潤に語り掛ける。
うっかりうとうとしていて、運転手に声をかけられて初めて気が付いた。
思わず顔を上げる。窓の風景が変わっており、自宅マンションのエントランスだった。
あれ、さっきは湾岸沿いを走っていたはずなのに……。その戸惑いに、運転手が苦笑した。
「社長がそんな風に眠られるのは珍しいですね」
潤は動揺する。気が抜けすぎたか。
「そんなに寝てた?」
「ええ、もうぐっすりでした」
「それは申し訳ない……」
すると、運転手が柔らかい笑みを浮かべた。
「お疲れなのでしょう。短い時間ですが、リラックスいただけたようで何よりです」
マンションの玄関でレクサスを降りて、社用車が去っていくのを見送る。
正直恥ずかしい。潤は普段、電車などでも他人がいるところで居眠りをすることがほとんどない。おそらく気を張っているということもあるのだろう。それは社用車の中であってもそうで、普段は江上と一緒に乗り込むことも多く、これまでうたた寝などしたことはなかった。
きっと今日は江上が残業で同乗していないから……。
そんなふうに内心で言い訳をしながら、オートロックを解除し、エレベーターホールに向かう。
到着していたエレベーターに乗り込み、そのまま最上階の自宅まで一気に上がった。
自宅玄関の鍵を開けて室内に入ると、しんと部屋が静まりかえっている。ひんやりとした、暗くて寒々しい部屋。
玄関のライトを付けて、革靴を脱ぎ捨てる。そのまま自室に入り、コートとジャケットを脱いで、ネクタイのノットに指を入れてそのまま解いた。
そこにきて部屋の明かりを付けていないことに気が付く。必要最低限の間接照明を付けてから、潤は素早く気軽なジーンズとセーター姿に着替えた。
さらにダッフルコートを羽織る。
帰宅してからわずか五分あまり。
潤は慌ただしく自宅を後にした。
その店は、新年早々の平日の夜にも関わらず繁盛していた。
いらっしゃいませ! 今日もいらしてくれたんですね、こちらにどうぞ!
潤が向かったのは、自宅から徒歩で数分のところにある、半地下のカフェバーだった。店内は広く、数台のモニターからは絶えず洋楽のミュージックビデオが流れている。薄暗い店内はかなりの席数がありそうだが、ほどよく席が離れており、互いの会話も気にならない配慮がされている。昼から深夜まで営業しているため、使いやすいのか、絶えず人が出入りし、若者で溢れかえっていた。
潤は実家から戻ってきた翌日から、毎日この店に顔を出していた。来店を目的としていたわけではないのだが、何となく数回通った店だと通い易く、足が向いてしまうのだ。そして昨日、何気なく雑談したスタッフに顔を覚えられてしまっていたことが分かり、さりげなく常連の仲間入りを果たしていたことが発覚した。
案内されたのは、一人客が好んで選ぶカウンター席。目の前がバーカウンターになっており、注文を受けたスタッフが忙しそうにドリンクを作っている。この席には一席に一つのコンセントが割り当てられており、PC作業をするために来店した客などから好評らしい。
カウンターの一番奥の席に着いた潤は、メニューも見ずに、ここ数日の定番で生ビールとアペタイザーを注文する。作ってくれる人には申し訳ないが、とくに飲みたいわけでも食べたいわけでもなく、あれば摘まむ程度、ここに身を置く言い訳でしかない。
仕方がない。どうしても一人で家に居たくないのだ。
潤は目を瞑る。
最初に異変を感じたのは、実家からこのマンションに戻ってきた一月四日の夜だった。
会社に顔を出し、飯田と打ち合わせをして帰宅した。久々に頭が仕事モードになって疲れたせいか、潤は帰宅してすぐにシャワーを浴び、そのままベッドに入った。
ここにいると自分の中でまだ受け止め切れていないものが溢れてきそうで怖い。ベッドの寝具類は、大晦日にそのまま出かけてしまったので、帰宅してからすべて替えた。
なのに。潤は横になって、大きく深呼吸した。
形跡などあるはずもないのに、どこからか颯真の香りがする気がしたのだ。
勘違いかもしれない。
いや、勘違いに違いない。
しかし、潤はふわりと嗅いだ気がしたその香りに動揺した。気持だけでなく身体が動揺した。
潤は布団のなかで固まった。
早く寝てしまおう。意識を失ってしまえば朝になる。そう思えば思うほどに、睡魔はやってこない。
何度も寝返りを打ち、目を瞑ると、脳裏に浮かぶのはあの夜の自分の痴態。仰向けに脚を左右に大きく割り広げられ、その奥で颯真の猛りを受け止めている。見上げると、全裸の颯真がこちらをじっと見つめていた。
「……しんどいか?」
気遣うように問われ、潤は小さく首を横に振った。
颯真が言うようなしんどさはなかった。むしろ、颯真が来てくれて、恍惚感と満足感で胸が満たされていた。身体中の肌が敏感になって、少し動いたたけで声が漏れ、達してしまいそうだ。
目に涙が溜まり、颯真をしっかり見つめることができない。思わず手を伸ばすと、颯真が手の甲に触れ、そしてキスを落としてくれた。
「……可愛いな」
颯真のその言葉に、胸が一杯になり笑みが漏れる。すると、颯真が腰をぐっと押し入らせ、その狭い奥の場所がぐっと拓かれる感触があった。
「あぁっ……」
思わぬ刺激に思わずシーツを掴み、甘い声が漏れた。体勢が変わり、腰が上がり開いた両脚が颯真の肩に掛かる。そして二人の間で大きく張り勃ち、ふるふると震える潤の性器に、颯真の手が伸びた。
「ひあ……っ!」
限界だ……。
潤が目を開いた。身を起こして、部屋の明かりを付けた。枕と毛布を抱えて、自室を出る。
リビングはエアコンのスイッチも切っており、寒々しい状態だったが、潤はエアコンのスイッチを入れ、ソファに枕を置いて毛布にくるまった。自分の部屋よりはマシだと思えた。
それ以来あのベッドでは寝ていない。
あの時の夢うつつのなかで見た風景が、現実だったのか夢だったのか。発情期で性欲に溺れていた潤には細かい記憶がない。
しかし、その記憶で潤の身体は反応している。あのときの快楽を忘れないとまるで言っているようだ。
あのベッドであんな痴態をまた見たら……。
潤は自信がなかった。
あの行為と颯真の気持ちを整理する前に、快楽を求めて自分を慰めてしまうかもしれない。
以来、仕事が終わると逃げるようにこの店に来ている。もともとこの店は引っ越してきて間もない頃に、颯真と一緒に入った店だった。いわば、店選びは嗅覚と言い放つ颯真のお眼鏡にかなった店と言える。
颯真が選んだ店に一人で行くことに躊躇いはなかったわけではないが、彼の選択は間違いない。そしてこの精神状態で、来店したとがない店に一人で入る勇気はなかった。
「お待たせしました。生と前菜三種盛り合わせです」
昨日も相手をしてくれた店員が、潤の目の前に姿を現す。驚いた潤が身体を捩ると、いつの間にか脇に置いてくれていたフォークとナイフが音を立てて床に落ちた。
「あ、すみません」
思わず謝った潤に、大丈夫ですよ、と新しいものを用意してくれた。
カウンターテーブルの脇に置いたスマホのディスプレイが明るくなった。メッセージアプリがきているようだ。潤がディスプレイで確認すると、その送信元は、松也。一週間ほど前に横浜のホテルで会って以来だった。
「突然ですが、明後日のお昼に時間ありますか? 仕事で品川に行くのだけど、時間があれば軽くランチでもどう?」
明後日……。昼は特に何の予定も入っていないはずだ。調整すれば、いくらか時間は取れるだろう。
潤はメッセージアプリを立ち上げて、その誘いを既読にする。
そして、ディスプレイで指を滑らせる。
颯真のことを忘れるために、松也に会いたい。それが潤の本音だった。
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