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 颯真が発した「弟と番う」という言葉が、どれだけ大きな威力を持っているのか。潤は、両親の反応を見て改めて実感した。  しばらく沈黙が続いたが……。 「……二人でスーツ姿で来たのは、いわば結婚の許可を得るためか」  和真が納得した様子で呟いた。それはとても静かな表情で、驚いている様子ではない。  両親は、十二年前の潤の初めての発情期で、颯真と潤が互いの香りを求め合い、あわや抱き合う直前まで惹かれ合っていたことを知っている。  颯真の話によれば、その後、颯真は両親に対して、弟が自分の番だと明言したのだから、いつかは来るのではないかと思っていたに違いない。 「はい」  颯真は短く応じる。 「そうか。だが簡単に許すわけにはいかんな」  俺は反対だと和真は断言した。  話も聞かないうちの、和真の性急な結論に、颯真が声を上げる。 「どうして!」  和真は淡々と、そして腕を組んで答えた。 「お前たちは兄弟だ。当然だろう」  和真の反応は落ち着いていて冷静だ。 「むしろ、どうして兄弟で番うことを祝福されると思っているんだ」  和真から発せられるのは、あまりに手厳しい言葉。  そうなのだ。それが普通の反応だ。  潤は思わずそう思って、苦しみを覚えて視線を伏せた。  潤が、自分の番は颯真であると確信したのは、つい先日のこと。  それまでは……、いわば潤自身も和真に近い感覚を持っていた。兄弟で番うなんてありえないと。  それだけではない。潤自身、自分のことであるにも関わらず、理解できるはずもないと颯真の思いを頭から否定して、考えることも拒絶していた。  今、父和真から同じような反応を目の当たりにすると、あの時颯真は、片割れからの拒絶の言葉を聞きながら、こんな気持ちに襲われていたのだと改めて思う。  自分の気持ちを、常識と比べられて否定される苦しさ。    そんな父の頭からの否定の言葉に、颯真は怯むことはなかった。 「なんと言われようと、俺たちは本能で求め合ってる関係だ」  そんな息子を、和真が苦々しく見る。 「たとえそうであったとしても、お前達は三ヶ月に一度の発情期を越える時だけ、関係を持てば問題はないだろう。それ以上はやめておけ」  颯真が唇を噛む。 「欲を……発散させるだけの関係に留めておけということか」  和真は頷いた。 「番ってしまったら後戻りはきかない。もし、互いにそれ以上の関係の人間を見つけてしまったらどうする」  颯真は怒りを理性で押さえるように呼吸を何度か整え、和真を見据えて唸るように呟いた。 「俺にとって相手は潤だけだ。  俺には潤が唯一だし、潤にとっても俺が唯一だ」  しかし、そんな颯真の怒りさえも、和真には大して響いてはなさそうだった。 「そんなことは分からないだろう。少しは冷静に考えろ」 「考えている!」  潤は、思わず無言で颯真の、固く握る拳の上に手を添えた。颯真が驚いたようにこちらを見たので、潤は颯真を宥めるように無言で頷いた。  しかし、和真の追求は容赦がない。 「第一、お前達がもし番ったとして、子供はどうする」  正直痛いところだが、颯真は頷いた。 「もちろん考えている。でも、それは潤と二人でちゃんと話してからにしたい」  しかし和真はそんな答えは期待していないというように横に首を振った。 「話にならん。そういうことはきちんと話してから来い。  お前達はこの家を継がねばならない。颯真、お前が子供をもうけなければ、その役割が潤に移るのは当然だ。そうやって家は続いてきたんだから。  潤、お前はどう思う?」  いきなり和真に話を振られ、潤は戸惑う。 「僕は……」  潤は躊躇った。  颯真と番うと決めたとき、当然だが潤のなかで颯真との間に子供をもうけることは自然な成り行きと思えていた。しかし、この双子という濃い血が、自分たちの子供にどのような影響を与えるのか、不安が拭えず、潤は即答できなかった。  そのような潤の複雑な心情も、和真は切って捨てる。 「……潤もそうか。それは今回に限らずちゃんと考えておけ」  和真が呆れた顔を隠さない。 「もういいだろう。この話はこれで終わりだ」  そう言い捨てて、和真はダイニングテーブルから離れようとする。 「父さん!」   「子供の問題だけじゃないぞ。  颯真。もしお前達が番ったとして、周囲はどう反応するか考えろ。特に血縁は面倒だ。どう説明するつもりだ。以前、お前が家を継がないで医学部にいくと宣言したらどうなったか。それだけで大騒ぎするような連中だ。どう収める」  颯真の考えなど聞くつもりもなさそうに、和真は続いて潤、と呼びかける。  潤は顔を上げる。 「お前は、もしこの関係をマスコミがキャッチしたらどうする? なきにしもあらずな話だ。スキャンダルのように連中が面白おかしく書き立てたら?  お前は自分の会社をどうやって守る?」  潤は、そのナイフが喉元に突き立てられているかのような鋭い問いかけに不意を突かれ、とっさに答えることができなかった。 「で、颯真。お前はアルファとして、そんな潤をどうやって守る?」 「そうならないように先回りしておきます」 「たかだか大学病院の医者でしかないお前が、どうやって?」  和真の言葉に、潤は毒を感じた。これまで和真は颯真が選んだ道を貶したことはなかったが、今、明解にそれを感じた。 「予防する、脇を締める……そんなことは当然だ。でも、書かれるときには書かれる。そうしたときにお前達はどうするのかと俺は聞いているんだ!」  和真の言葉は容赦がない。  颯真と潤は、明解な回答ができずに沈黙した。  和真は俺は風呂に入る、と言い捨てる。 「十二年越しの想いが通じて浮かれたか。お前が抱えてきた気持ちはそんなお気楽なものではないだろう。隙を見せれば刺されるぞ。  話せば分かって貰えるなんて考えは甘えだ」  父和真の反応は淡々としていた。  帰りの車内の空気は重かった。  せっかくだから泊まっていけばいいのにと気遣う茗子の言葉を振り切るように、颯真は帰宅する準備を進めた。  颯真は颯真で、和真に一方的にやり込められて気持ちの整理が必要であることはわかった。  潤は、心配そうな様子を隠さない茗子を宥めて、また連絡すると言って二人で実家を出た。もう夜十時を過ぎた頃だ。  颯真は何も語らない。  歓迎されるとは思っていなかったとは思う。でも、あそこまで完膚なきまで否定されるとは思っていなかったのだろう。  父和真は、少なくとも颯真の本心を知っていて、彼が一途に弟を想っていることも承知していたのだから。  潤自身は痛いところを突かれたと思っていた。  和真は颯真に向かって言い放ったが、気持ちが繋がったことに浮かれていたのは潤の方だ。これからのことを、まだきちんと考えられていないと、すっかり見透かされていた。  特に子供のこと。デリケートな話題をここまでストレートに突っ込まれるとは思わなかったのが正直なところ。    颯真にとっては、ようやく両親に報告するところまで辿り着けたというのが本音だろう。なのに、ちゃんと理解してもらうところまでいけなかった。 「颯真……、ごめん」  気がつけば、潤は謝罪の言葉を吐いていた。  運転席の颯真が驚いた表情を見せる。  ちょっと待って、と慌てた様子で颯真が路肩に車を駐車する。   「なんで潤が謝る」  颯真の声が少し強い。責めるような声に聞こえて潤が萎縮した。 「父さんに、ちゃんと地に足を着けて、ビジョンを話せなかった」  本当は失敗してはいけなかったのだ。 「僕がもうすこしちゃんと話せてたら」    颯真がシートベルトを外して、助手席の潤に近寄る。  いつもは強い彼の瞳が、暗い車内でも揺れているのが分かる。  颯真の指が、潤の頬に触れる。 「潤、責任を感じなくていい。父さんは最初から否定だけするつもりだったんだから、何を言っても結論は変わらなかったと思う」  潤がそう言うならなら、俺だってそうだ。父さんの前でお前をちゃんとフォローすることができなかった。  そう言って、颯真の手が、潤の頬から離れる。  運転席に身を埋めて、颯真はどこか自嘲的な様子でこう言った。 「一筋縄ではいかなそうだと言ってはいたけど、正直なところ『潤がお前を選んだのであれば、番うことを考えてやらないでもない』っていう、あの時の父さんの言葉に期待していた部分もあるんだ。  潤がちゃんと俺を選んでくれた。だから祝福してくれるって、期待していた」    潤は思わず身を乗り出し、颯真を抱き寄せた。この片割れは傷ついている。父にとってはその場限りで出た言葉かもしれなかったが、颯真はずっとそれを心の糧に今まで生きてきた。  慰めたい気持ちが、颯真にも伝わっているようで、颯真が潤の背中に腕を回した。 「潤、ありがとう。俺は大丈夫だから」  耳元で囁かれる。 「なにもこれが最後なわけじゃない。何度も話して、時間をかけて少しずつ納得してもらえればいい」  将来への道を提示されて、潤も無言で何度も頷いた。 「潤、顔を上げて」  颯真の言葉に潤は颯真を見る。  街灯の明かりだけで、湛えるように光る瞳。颯真の指が潤の唇に触れる。颯真の口が、優しく潤を窘める。 「唇、噛まないで。悔しいのは分かってる」  そう言われて、唇を食んでいたことに気がつく。  潤の唇に、颯真が自分のものを重ねる。温かくて柔らかい颯真の唇。  優しく触れて、離れる。 「今夜は一緒に寝ような」  そう告げる颯真の目は、いつもの優しいものだった。

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