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結局、西宮のインタビュー取材は一時間に及んだ。そのうちいくらかの雑談が入ったが、後半部分は差別問題、格差問題に向きがちな西宮の質問を医薬品業界に限定して潤が答えていくという具合で進んだ。果たして、あれで良いものだったのか、潤には判断がつかない。
しかし、これまで経験してきた社長インタビューとは少し趣が異なっていたのは確かであった。
インタビューが終了した後、潤は応接室で西宮とカメラマンに別れの挨拶を交わした。同席していた広報担当者が、そのまま会社のエントランスまで見送る手筈となっている。
エレベーターに消えていった彼らを見届けて、潤はその場を江上に託し、社長室に戻った。
正直、疲れていた。
ひどく神経を使う一時間だった。
社長室の扉を閉めて一人になると、ようやく深い息が吐けるようになって、思わず手前にある応接用のソファに腰かけ、深く背を預けた。
「ふう……」
ため息のような深い息が口から漏れる。
潤は天井を仰いで、しばしの間、目を瞑る。
正直、もう今日は帰りたいと思うくらい消耗した。
コンコン。
ノックされると同時に、扉が開く。返事はもちろん、こちらの体勢を整える間を与えずに入ってくることを許しているのは、秘書の江上だけだ。彼は、ソファで潰れかけている潤を認めて、お疲れ様でした、と労った。
潤は身を起こす。こんな姿をいつまでも晒していたら、いっそのこと今日は帰りますか、などと言われてしまう。
江上は、潤の許可を取る前に目の前のソファに腰掛ける。二人きりではいつものことなので、潤も気にしない。
「随分、緊張していましたね」
江上だけでなく、あの場に居合わせた全員が分かるほどに張り詰めた空気が漂っていたと振り返る。多分、西宮がどのような変化球を投げてくるのか、想像がつきにくいせいもあったのだろう。
潤自身は自覚がなかったが、今振り返ると最初から緊張感が漂う問答が続いていたと思う。答えにくい微妙な質問が多かったためだ。それを聞いていた江上や広報担当者だって気が気ではなかっただろう。
「意図が読めない質問が多かったからね。質問内容が事前にもらっていたものよりもかなり逸れてしまっていて、あれは焦るね」
加賀谷君も困惑したんじゃないかな、と潤は先程まで同席していた広報担当者を気遣った。彼が窓口となって実現した取材だったためだ。
江上が潤に断って社長室の電話を手にする。内線で広報部に連絡を入れ、ついいましがたデスクに戻ったであろう加賀谷を再び社長室に呼び出した。
加賀谷はすぐにやってきた。江上が扉を開けて彼を招き入れると、一礼した。
「社長、先程はお疲れ様でした」
「うん。今日はありがとう」
「西宮さんも満足された様子でお帰りになりました」
「そう、ご苦労様」
潤が加賀谷にソファの目の前の席を勧めると、彼は失礼しますと言って腰掛けた。
「一応、西宮さんには記事を事前にチェックさせて欲しいと依頼したのですが、やはり断られました」
そう報告して苦笑した。
「記者さんはそういう方が多いのですが……」
「一応確認してくれたんだね。ありがとう。まずいことは言っていないとは思うんだけど」
「ですが……」
潤が苦笑を漏らす。加賀谷も何か思うところがあるようだ。
「加賀谷君は今日のインタビューは率直にどう感じた?」
潤が柔らかく問う。目の前の加賀谷は少し考え込んだ。言葉を選んでいる様子だ。
「なんというか、自分の予想ではもう少し内容を掘り下げた、具体的な話題になるかと思っていたのですが、触りの部分を行ったり来たりというか、そのような印象でした」
真面目な性格なので、きっといろいろな数字的根拠や補足情報などを事前に用意していたに違いない。それらが全て使われることがなかった取材だったということだ。
「なので、西宮さんには追加で必要な情報等あればご連絡くださいと伝えておきました」
その配慮に潤はありがとうと礼を言う。
潤は腕を組む。
「私の……個人的な見方ではあるのですが」
加賀谷が切り出す。潤と江上は加賀谷を見た。
「なんか、社長に何かを言わせたかったのかなという印象を持ちました」
加賀谷曰く、社長インタビューとはこの会社における全ての責任を負っている立場の人間が相手だ。聞こうと思えば、なんでも質問することはできる。普通は社長インタビューなんて、頻繁に行えるわけではない。記者からは突っ込んだ、様々な際どい質問が投げかけられることもある。
そう言われて潤も頷いて思った。
加賀谷の意見に江上も頷く。
「私も同じような意図を感じましたね」
客観的に見ていた二人がそう感じたのだから、おそらくそうなのだろう。
そのような取材に一時間拘束されたという多忙な中でやるせない気分はあるのだが、それをはっきり口にするとアレンジした加賀谷を責める結果になりかねない。
「きっと、他に何か目的があって僕に取材に来たんだろうな」
「僕、後でまた西宮さんに連絡して、どのような感じの記事になるのかだけ聞いてみます」
潤が漏らした独り言に、少し硬い表情で加賀谷が申し出る。
「あまり無理しなくていい」
潤がそう嗜めるが、加賀谷の表情は変わらず、申し訳ありませんでしたと謝罪した。自分のアレンジが至らなかったと思っているのだろうが、加賀谷はよくやっていると潤は思う。
「彼は、おそらく自分の書くものに絶対的な自信を持っている人だ。だから、信用されていないと思われると面倒だという意味で、無理しないでいいと言ってるんだ」
ああいうタイプのプライドを傷付けると後々面倒だ。取材の中で、彼の発信力を頼りにするようなことも言ってはみたが、正直あまり期待していない。
「加賀谷君、また何かわかったら教えてくれる? 今日はお疲れ様」
潤がそういうと、加賀谷は一礼して社長室を辞した。彼は入社四年目のオメガだ。営業を経て二年前に広報部に異動してきたと聞いている。
だからなのだろう。西宮と彼をあまり接触させたくないという本音もあった。いや、職務上そのようなわけにはいかないというのは十分分かっているのだが。
「社長?」
江上が訝しげに潤を振り返った。
というのも、潤は西宮が口にした一言がずっと気になっていたのだ。
「江上」
口調が自然と固くなる。その雰囲気で江上も何かを察したらしい。
「調べて欲しいことがある」
「はい」
「西宮記者が、差別や格差に興味があって学校や支援団体とか、医療機関、メーカーを取材して回ってるって話をしていただろう?」
「確かに、そんなことを仰っていました」
「その支援団体ってやつ」
そのフォーカスだけで江上には伝わったらしい。
「まさか……」
声色が変わる江上に、潤も頷いた。
「オルムじゃないといいなって思って」
嫌な思いつきなのだが、それに囚われると、どうにもならなかった。
しかし、と江上は首を捻った。
「西宮記者の経歴は調べましたが、そのようなものはありませんしたが」
確かに。江上が全て調べて問題なしとしているはずだった。でなければこのインタビュー取材が実現しているわけがない。
潤も頷く。そこは完全に信用している。
「ただ、西宮さん側から調べて見えていなかった部分も、オルム側から見てみると、違って見えるってこともあるだろう?」
江上は頷いた。
「確かに。早急に調べます」
その重い空気を払拭させたくて、潤はため息をついて、あえて軽い口調で言った。
「関係ないといいんだけどね。
……我ながら憂鬱なことを思いついたなって思うよ」
「ところで社長」
嫌な気分を引きずったままの潤を、江上が先程とは少し違う軽やかな口調で呼ぶ。少し気分転換しませんか? と誘った。
「なに?」
「今夜、ご予定はないと思うのですが」
確かに。今日の夜は颯真も遅いと聞いているから、行きつけのカフェバーにでも顔を出そうかと思っていたところだった。
「ならば、江上家の夕食にご招待したいと思うのですが、いかがですか?」
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