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車窓から見える景色は、高層ビルから住宅街、さらに緑へと順調に変化を遂げた。
三者会談から数日後の木曜日の午後。潤は、神奈川県相模原市にある森生メディカルの研究開発拠点である相模原医薬研究所に向かっている。
社用車のレクサスは、先ほど八王子ジャンクションで中央道から圏央道にスムーズに乗り換えた。レクサスを操る馴染みの社用車のドライバーによると、今日は高速道路も一般道も順調に流れていて、品川の本社から研究所までは、一時間ほどで到着するという。
現在、研究所にはファーマとデバイスの両部門の研究開発機能が集約されていて、両部門に属するほとんどの社員がここを拠点として活動に専念している。
昨年末の取締役会で議決された、今年四月一日付で行われる予定の組織改正は、現在の森生メディカルの研究開発部門と営業本部を大胆に組み替えるというもの。領域ごとに組織を縦割りにし、スピードの加速化を図る。社長肝煎りの案件ということは明言はしていないものの、会社トップの言葉なき意気込みを社員達も敏感に察している。
森生メディカルは二月末に四月一日付の組織改正を内示し、それに伴いビデオによる社長メッセージを社内のイントラネットに公開した。その具体的な狙いとして、組織を大胆に組み替えることで上層部と一般社員へのスムーズな意思決定と意思疎通、研究開発能力のスピードアップにあるとストレートに伝えたが、特に相模原の動揺は大きかった様子。
研究開発部門のトップが、現在ファーマ部の研究開発部門のトップである大西が就任することから、特にデバイス部の社員の衝撃が大きく、早急な手当が必要との報告が上がってきていた。
潤自身も、デバイス部の社員の動揺の大きさは理解できる。相模原研究所へは早急に足を運ぶべきであると考えていたが、スケジュールがどうしても合わず、発表から二週間近くが経っていた。
今日は、少しでも新体制への不安を払拭してほしいと、ファーマとデバイスの双方の社員との対話の機会を持つのが目的だ。そして、別件で藤堂にも用事があった。
そんな潤の手元には、東都新聞の朝刊がある。今朝は少し時間がなくて目を通すころができなかったため、車内で見ておこうと思ったのだ。
数日前から、東都新聞の朝刊をひととおり目を通すのが日課になった。
東都新聞社の「性差医療を問う」という新連載は、最初こそ一面の目のつく場所に配置されており、内容も横浜のオメガが襲われた事件や、オメガが加害者になった事件といった、いわば旬のセンセーショナルな事件を取り上げて、今問うべきタイムリーな問題であると主張し、話題を攫っていた。しかし、数日経ち、記事も目立ちにくい中面の社会面に移ると、腰を据えたような記事に変わった。
アルファとオメガとは、から始まり、性差医療の歴史などにも触れる内容になっている。それがまた読み応えがあるもので、よく調べた記事であった。おそらく業界関係者でも、専門にしていなければ拾えないようなエピソードも丹念に調べられていて、潤は驚いた。SNSなどの反応を攫ってみても概ね好印象である様子。
結果としては派手なトーンや内容ではなく、森生メディカルやペア・ボンド療法にも牙は向けるようなものにはなっていない。言ってしまえば、目立ちはしないが真っ当な内容で、指摘すべきことはないことに、関係者はひとまず胸を撫で下ろしていた。
いつまで続く連載であるのか知らないが、願わくばこのまま何事もなく連載が終了してくれればいいと思う。
潤は隣に座る江上にちらりと視線を流す。彼は潤の隣で、別件で部下からの報告書を読んでいる。そんな潤の視線に気がついたのだろう。眼鏡の奥の視線をちらりとこちらに投げてよこす。
「どうしたました?」
その問いかけに、潤は軽く首を左右に振る。
「いや、なんでもない」
オフィシャルの場面であることから、尚紀の名前を出すことを躊躇った。
あの三者会談の後、潤は迷わず江上に連絡を入れて、尚紀の記事の扱いがどのようになっているのかを問いただした。
彼によると、記事掲載は少し前倒しされ三月中旬を予定しているとのこと。アカデミアでの公開を待たずに掲載することになったという。
なぜまた、と疑問に思ったが、どうもモデルのナオキが復帰するというのがどこからか漏れ、業界内で噂になっているというのだ。
すでに事務所には活動休止前に付き合いのあった雑誌や企業から内々のオファーも来ており、これ以上隠すのも難しくなってきたとのこと。
結果、ペア・ボンド療法の内容などの詳細には触れずに、まずは復帰を公表することになったという。そして雑誌の発売はアカデミアでの論文発表に合わせた来月半ば。
随分急な対応になったと思ったが、ナオキの復帰はそれほどにインパクトが大きい出来事なのだろう。さすが人気モデルの反応だ。
尚紀は復帰早々に多忙そうな雰囲気だが、体調はどうなのか気になるところ。しかし、そのあたりだって全て事務所と番の江上が調整しているのだろうから余計な心配だろう。
そんなことを考えていたら、レクサスは徐々に速度を落として圏央道を降り一般道へ。しばらく道なりに走ると、広大な駐車場に到着した。
「社長、お待たせいたしました」
運転席のドライバーが声をかけてくる。
潤は窓から、外の光景を眺める。駐車場の奥にある、森生メディカルの社章が記された白い建物が、研究開発拠点である、相模原研究所だった。
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