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 その言葉に納得したのか、大西が話題を変えた。 「もちろん、社長には当分社長でいていただくのは当然としても……、正直なところ、デバイス部門は少し本社からフォローを入れた方が良さそうですな」  大西の言葉に藤堂が頷いた。 「自分が言うことではありませんが、今日のミーティングの様子は聞きました」  先程のミーティングは、社長自ら足を運んで説明したにもかかわらず、完全アウェーな雰囲気で終わった。そんな話をこのわずかな時間で一体誰から……と潤は思ったが、コミュニケーション能力が高く、情報通の彼をよく知る大西は、動じずに頷く。 「デバイス部門は若干注意して見ておいた方が良さそうです。組織改正に対しての拒絶反応が少し大きい」  すると藤堂が潤と大西の双方をそれぞれ見渡す。 「それに関してはちょっと小耳に挟んだ話があるのですが……」  藤堂はおそらく様々なところで、いろいろな話を拾ってくるのだろう。  玉石混交な情報も多いのだろうが、この場で彼が報告するということは見過ごせない何かをキャッチしたのだろうと思う。  藤堂の情報収集力を評価する二人は、示し合わせてもいないのに、同時に視線を向け、無言でその先を促す。  藤堂が承知するように頷いた。 「デバイス部門で、年末に退職された佐賀前管理部長の件で根も葉もない噂が流れていて、それが過剰反応の原因にもなっているように思うんです」  佐賀? と潤は思う。またしても、佐賀絡みの話なのか、少しうんざりした気分にもなるのだが、そんな反応はもちろん顔には出さない。 「きちんと伝わってないって、どういうことだろう?」  潤の質問に藤堂は、社長の前では少し言いにくいのですが……、と前置きをする。 「このような噂が、まことしやかに流れているようです。  ……佐賀管理部長が辞めたのは、社長の逆鱗に触れたから」 「は……?」  潤は、驚き隠せない口調で思わず反応した。社長の逆鱗に触れただけで懲戒免職になる会社なんて、一体どこの業界にあるというのだろう。  しかし、そのような無茶苦茶な尾鰭背鰭が付くのが噂というものだろうなと思い直す。  藤堂も頷く。 「確かに佐賀部長の件は、一般社員にはアナウンスされなかったと思います。ただ、年末にいきなり取締役を辞めてそのまま退職……という話は、何かが起こったと容易には想像がつく」    佐賀が年末の取締役会で取締役を解任され、年末付で退職したのは、人事通達によって社内に公表されている。その後、示談が成立し懲戒解雇となった。傷害罪については、初犯であり、懲戒解雇となったことで社会的な制裁が下されたとみなされ、起訴予処分となった。  それらの顛末については一般社員向けに公表することは控えた。今更蒸し返して社内の動揺を誘うこともないということと、個人情報保護の観点からだ。それが裏目に出たのかもしれない。一般社員からは、佐賀部長は年末に何らかの事情で取締役を追われ、退職したように見えても仕方がない。  藤堂によると、佐賀管理部長はデバイス部門の将来を考えて、取締役会でも反対姿勢を示していたようだが、それが組織改正を無理矢理にも進めようとしている森生社長の逆鱗に触れて、取締役を解任されて懲戒免職まで追い込まれてしまった、という話が流れているという。  なるほど、それであのアウェー感かと納得した。その都合の良い創作話に呆れる一方、自分が完全な悪役に仕立てられてることにも少しショックを覚えた。 「デバイス部門からみると、正義の味方は佐賀さんであって、社長ではない。それを信じたい人間が多いということなんです。  俺が思うに、彼らが求めるストーリーを誰かがわざと広げたんじゃないかと……」  藤堂の推測に、潤は問う。 「どうしてそう思う?」 「なんだか、あまりに出来すぎた話のような気もして」  なるほど。事実同士を繋げるにしても都合が良すぎるということか。  その指摘は、客観的で冷静だ。佐賀はそこまで有能であったかというと、感情と経営感覚を切り離せないところがあり、そうではないと潤は思う。  そう。感傷に浸っている場合でもない。無理矢理思考を切り替える。感情に流されず、経営者として考えを切り分けなければならない。なにが今必要か。  それをサポートするように、大西が口を開く。 「その与太話を信じたい人間と、信じ込ませたい人間がいるってことですな」  大西がその噂話を、与太話と切って捨ててくれたことに、潤は感謝する。 「信じたい人たちに対しては、ちょっと考えておこう。佐賀さんの解任理由はこれまで明らかにはしてこなかったけど、それが必要なのか可能なのかを見極める。それと、管理部門に本社から人を送って、少しフォローをさせよう」  そこまでいうと、大西がにやっと笑みを浮かべた。 「問題は信じ込ませたい人間の方だな……」  正直に言えば、潤は先ほど「信じたい人たち」と表現した、デバイス部門の不満については、あまり懸念をしていなかった。不満そのものは放置しておいても、問題はない。いずれファーマと統合した効果が出てくれば、また大西と磯貝に任せておけば、そのような不満は自然と消えていくだろう。  気になっているのは噂の出所だ。二つの事実に背鰭と尾鰭を付けて流した人間。  どう対処するかは別として、把握はしておきたい。 「江上」  潤が秘書を呼ぶ。すると江上も緊張感を伴った声色で応じた。 「はい」 「その噂の出所、特定できるか」  社内の調査を江上に託すのは少々気が乗らない。というのも、秘書室長兼社長秘書は目立つし、調査自体を社員に悟らせたくない。  すると、そこに口を挟んだのが藤堂。 「江上さんが社内調査も担うんですか」  相手が藤堂なので、潤も素直に吐露する。 「いや、正直こういうことはさせたくはない」  でも、僕には使える手札が少ないんだ、と事情を明かす。にんまりと藤堂が笑みを浮かべた。 「だったら、俺が!」  その言葉に潤は驚く。 「は? お前、自分が死ぬほど仕事を抱えてるってわかってる?」  思わず問うと、藤堂は飄々とした表情で返してくる。 「や、大丈夫じゃないですかね」  おいおい、サーリオンとゾルフの審査が佳境を迎えていて、新たな組織づくりを指示したのは、つい十分ほど前の話だ。どこをどう解釈したら、大丈夫になるのか。  疑わしさを隠しきれずに潤が横を見ると、大西がそのやりとりを聞いてニヤニヤしている。  ……そう思うのは、自分がオメガだからだろうか。  潤自身も時折忘れかけるが、藤堂はアルファである。  面白そうだという好奇心と興味だけで声を上げているのはわかるのだが、おそらく藤堂であれば、どんなに仕事を抱えていても、そのような案件はやろうと思えばできてしまうのだろう。  潤は目頭を押さえて吐息を漏らす。 「これだから、アルファは……」    潤が顔をあげると、目の前には藤堂。その目を見据える。 「わかった。藤堂、噂の出所を調べてほしい。調べるだけでいい。対応は後で考える。」  藤堂は先ほどと同様に、短く応じ、一礼した。  「承知しました」 「大西さん、近く本社から相模原へは人を出そうと思います。こっちの件はあまり心配はしていないのですが、そのほうが大西さんや磯貝さんはやりやすいかも。  あと先日の、三月の人事異動で先立って相模原から本社勤務になった管理部門のメンバーもいたと思うので、彼らとは意識の共有をしてあげてください。おそらく、こちらに来ることに対してネガティブな印象を抱いていてると思うので」  この人事異動は、四月の組織改正に先駆けて行われたもので、相模原と本社間の社内の人事交流を兼ねている。  そこで藤堂が再び声を上げた。 「あ、社長。同期の春日がその人事異動で相模原の管理部門から本社に異動になっています」  本社勤務になるなら社長に挨拶のメールを送っておけよって話をしたんですが、来ましたか? と問われ、潤は頷いた。 「う……? うん」  藤堂はにっこり笑う。 「なら、よかった。社長に挨拶をしておけば、慣れない環境でもきっと大丈夫だからと励ましたんで」  同期だから注意して見ておく、と潤は応じたが、正直なところ、見逃したのか、潤はそのメールを確認した記憶がない。大方敬遠されているのだろうと思う。仕方がない。この年齢で同期の社長なんて扱いにくいに決まっている。  ただ、同期のよしみで、気にはかけておこうと、春日という名前を潤は心に留めた。 「そうだ、社長。話は変わりますが、同期会、来月ですよ。覚えていますか?」  藤堂がいきなり話題を変えた。  そういえば、年明けに社長室に呼び出した時にしつこく言われていたことを思い出す。彼は何がなんでも潤を同期会に連れて行くつもりなのだろう。 「一応、第一金曜を予定していますが、メンバーの集まり次第です。江上さん、社長のスケジュールよろしくお願いしますね。場所は本社の近くを予定しているので。  あ、江上さんももちろん出席ですよね? 社長をお一人にはしないですよね。お二人で出席だと俺は信じていますので、よろしくお願いします」  藤堂は畳み掛けるようにそう言ったのだった。

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