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 潤は、和泉の言葉に、僅かな驚きを覚えた。  まさか和泉からそのような温かい言葉をかけられるなど、考えていなかったのだ。これまでの、自分の経験と両親の反応、そしてここに至るまでの颯真の躊躇いと懸念を考えると、和泉からは最大限に好意的に受け止められたとしても、こんな言葉をかけられるとは思ってもみなかった。和泉の反応は、真正面から自分達の関係を肯定し、受け入れてくれているようにしか聞こえなかった。  驚きすぎて少しぽかんとしていた。 「潤さん?」  和泉に呼び止められる。ようやく潤も我に返った。 「あ。すみません」  潤の謝罪に、和泉はどうされましたかと、どこまでも丁寧だ。  思わず颯真を見てから、潤は俯く。 「……あの。正直にいうと、和泉先生が僕たちの関係を、あっさり受け入れられていることに少し驚いていて……」  ここに入室したときから、潤は和泉がなんの違和感もなく、自分のことを颯真の番として扱っていることに驚き、戸惑うような気持ちを抱えていた。 「そうですね。私も、驚いていないわけではないのですよ。ただ、今、森生先生の隣に番となるオメガの方がいて良かったという気持ちがどうしても勝ってしまうんです」  和泉は少し苦笑していた。 「その相手が、なんの因果か運命の悪戯か、双子の弟さんだという。普通に考えればありえないことです。  でも、相手が潤さんであれば、森生先生を最も理解している人だ。アルファとオメガという第二の性による絆だけではなく、身内であり兄弟、双子という強い繋がりがある……」  和泉は、潤を正面から優しい眼差しで見据えた。 「正直にいえば、私はそこにとても安堵感を覚えてしまったのです。そして、いろいろと納得がいきました。だから話が早かったのだと思いましたし、私自身、最初に相談した相手が、潤さんで間違いではなかった」  不意に隣の颯真が、潤の手を取り、指を絡めてきた。  潤が颯真を見ると、颯真はやさしく頷いた。 「アルファの医師がヒート抑制剤のオーバードーズ状態に陥ると、専門領域を変えなければならないこともあります。どうしてもヒート抑制剤をコントロールできなければ、最悪そうなります。事実、志半ばでここを去っていくドクターもいる。  でも、番ってしまえばコントロールは格段に楽になります。私は森生先生にこの領域でまだまだ多くの患者さんを救って欲しいですし、手腕も発揮してほしい。諦めて欲しくない。一緒に仕事をしていきたい。  だから、潤さんという番候補が近くにいて心底安心しました」  颯真の将来を考えた時、たとえどんな関係性であろうと、今この不安定な時に颯真を任せられる番候補がいるという事実が、和泉にとっては歓迎すべき事柄なのだと、潤は理解した。 「アルファとオメガの本能の繋がりについては、医学的にも完全に解明できていませんが、それが今後の彼らのQOLを左右するくらい重要なことであることは明解です。  アルファとオメガの人生は、お互いを対と認識する存在と、番になるかならないかで大きく違ってくる。  森生先生とあなたが、兄弟でありながらもその関係性を求めているというのは、誰かが安易に否定できることではありません。そして、森生先生のことを思えば、その想いを貫いてほしい。  もちろん、そのための壁は高くて困難もあるでしょう。なにかあったら相談してください。微力ながらも私もお手伝いできればと思います」  和泉の誠意のあふれる言葉に、胸が熱くなる。  全くの他人にもかかわらず、ここまで心を砕いてくれる人がいるということに、潤はただただ、感謝した。  気持ちが込み上げて、思わず口に手を当て俯いた。 「……ありがとうございます」  そう礼をいうのが精一杯だった。 「私は職業柄アルファとオメガのいろいろな番関係を見てきました。それこそ幸せなものから、そうでないものまで。  森生先生もあなたも、本能の関係とはいえ、思い切った決断をされた。その決断に、外野にも関わらず、とやかくいう人たちは出てくると思う。  ……一緒にいると、お二人とも幸せそうだ。とてもいい。そういう相手にアルファとしてオメガとして巡り合えたこと自体が幸運と思います。  兄弟で番うのはハードルが高いとは思いますが、一つ一つ、解決していきましょう」  その後、潤は、来週に発情期の兆候が現れたら和泉のもとを受診すると確認して、診察は終了となった。  あまりに和泉の落ち着きのある対応に、これまでこのように兄弟で番うケースなどがあったのかと潤は聞いてみたが、和泉は首を横に振った。 「いろいろなケースを診ましたが、親子はあっても兄弟は初めてですね」  やはりそれくらいレアなケースであるらしい。  和泉自身に想定していたのかと聞いてみたが、まったく想像すらしておらず、颯真に告げられて驚きを隠せなかったと話す。  なのにその臨機応変で柔軟性のである思考には驚きを覚える。 「私にも兄弟がいますが、正直に申し上げれば、自分に照らし合わせて考えるとありえないです。  でも、アルファとオメガの関係は説明がつかないことも多く、その本能の選択を軽視する専門家はいないんですよ」  以前、颯真が言っていたことをまた和泉も口にした。 「森生先生がずっと本能で求めていた相手が弟の潤さんで、潤さんもまた森生先生を本能で求めていると聞いたら、私としてはそれを受け止めます」  颯真を見ると、颯真は潤を見て静かに無言で頷いた。  週が明けて月曜日の昼。潤は品川駅の改札前で、人を待っていた。  待ち合わせの時間まであとわずか。  すると、改札の向こうから足早にやってくる、背の高い人物を認めた。  体格がしっかりしていて、その姿からすぐにわかる。  父の和真だ。  改札の外から手を振って存在を伝えると、和真も気がついたようで、大きな手を振ってきた。 「おう。久しぶりだな、潤。元気だったか」  このように和真と会うのは、一ヶ月ぶりだ。  和真は旅慣れた様子の小さめのトランクに、きっちりとしたスーツ姿。一方、潤もネイビーカラーのスリーピースに、少し冷えるためトレンチコートを羽織っている。 「おかえり。僕は元気だよ。父さんも元気そうで安心した」  そう言ってトレンチのポケットに手を入れる。  和真は朝いちで香港から羽田に降り立ち、そのまま横浜の森生システムの本社に立ち寄るスケジュールなのだという。  出張に同行する秘書とは羽田で別れ、一旦先に横浜に帰し、この一人の時間を設けたらしい。  一方、潤も江上にスケジュールを切ってもらい、二時間ほどスケジュールを空けている。 「久々にここのシーフードカレーが食べたくなってなあ」  そんな和真のリクエストに、二人でやってきたのは、駅直結の商業施設の最上階にあるオイスターが有名なレストラン。  手頃なランチが人気の店で、利便性も相まってランチタイムともなれば二百席近いテーブルが一気に埋まる。  今日は潤があらかじめ予約を入れていたため、スムーズに席に案内してもらえた。  本店はニューヨークの駅の中にあるらしく、店内はそれを模して、アーチ型の天井が柔らかい雰囲気を漂わせている。  赤いチェックのテーブルクロスがかかった正方形のテーブルに着くと、潤はメニューも開かずに、シーフードカレー二人前と、食後にホットコーヒーとホットティーを注文した。

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