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「俺はお前たちを信用しているし、颯真の性格もよくわかっているつもりだ」
和真の答えははっきりしている。
「じゃあ、なにを心配しているの」
潤は少し突き放したような反応をしてしまう。すると、和真は憮然とした表情を浮かべた。
「純粋にお前たちのことを、だ。親が息子の発情期と体調を心配して悪いか?」
そう言われて潤は気付く。考えてみれば人生で三回目の発情期だ。しかも過去二回ともに普通とは言い難いものだった。
母親の茗子に心配をかけていることは自覚していたが、和真に対してもこのように会おうと思うほどに心配をかけているとは思わなかった。。
「……ごめん」
どうも、颯真のことが念頭にあるせいか、和真に対して少し構えてしまっている。
潤は自分の対応を顧みて少し反省した。
「仕方がない。この間はキツイこと言ったしな。あれも、お前たちの幸せを考えてのことだったんだが……」
和真の呟きにしては珍しく、少し言い訳じみているように聞こえた。自嘲的になっているのかもしれない。
潤は思わず和真の気持ちに寄り添う。
「父さんが、兄弟で番うのは止めておけというのは僕もよく分かる。それは颯真だって理解している。
この間の父さんの反応を見て……、僕も思ったよ。普通はそうだよなって。どうして兄弟で番うことが祝福されるのかって父さんは言ったけど、僕もしばらく前までは本当にそう思っていた」
颯真を自分の番として認める前の潤の本音は、和真の言い分そのものだった。
和真は潤を見て静かに頷いた。
「そうだろうな」
「でも、それは僕がオメガとしての自分を受け入れる前までだ。認めてしまえば、僕にとって颯真というアルファの存在はかけがえのない人になった」
潤が和真を射抜くように見つめた。
「本能が求める関係の前では、一般論なんて簡単に吹き飛んでしまう」
「潤……」
「想像以上に心配をかけてるみたいで、ごめん。でも、僕は大丈夫だし、発情期自体は問題ないと思う」
自分の発情期は、颯真が傍にいてくれれば大丈夫だ。潤の心配は、むしろ颯真の方なのだから。それを今ここで和真に告げるわけにはいかないだけで。
今の颯真の状況を直接口止めされてはいないが、それでも和真には弱味を見せるようで言いたくないのだろうと潤は思っている。
「僕と颯真の歯車は、これまでの双子の兄弟とは違う形で回り始めてしまったんだ。今更無かったことになんてできないし、後戻りもできない。進むしかない」
僕たちはそう考えているんだと潤は話を結ぶ。
和真は言い分を聞くように何度か軽く頷いた。
潤は探るように、和真に話題を振る。
「父さんは颯真に厳しいよね」
すると、和真は心外といった表情を浮かべた。
「まいったな。俺は、この一件以外で颯真に対して厳しい対応をした記憶はないんだが」
昔、颯真が医者になると宣言して大騒ぎになった時も反対した覚えはないぞ、と言い添えた。
「あの時は、やれるだけやればいいと思って、とやかく言い寄ってくる親族の説得もしたはずだ」
……確かにそうだったかもしれない。
森生本家の長男がアルファだと判明し、親戚一同が胸を撫で下ろした途端、颯真が「医学部進学を希望するから、高校は外部を狙う」と言い出した。周りは驚いたが、颯真自身はきっとタイミングを図った上での宣言だったと思う。自分の第二の性が明確になり、アルファのみに与えられた特権である飛び級制度をめいいっぱい活用して最短で社会に出ることを計画していたのだろう。
一方、驚いたのは、大人たちだった。
家業はアルファの長男に任せれば安泰だと思っていたのに、本人にその気はなく、いきなり医学部に行くと言い出した。残ってるのはオメガの弟のみで心許ない。
そんな状況で、おそらく和真も茗子も口煩い親戚達にかなり責められたのではないかと想像する。
しかし、実際は両親から颯真に進路を変えろ、と迫ったことはなく、颯真はそのまま医学部受験に強い高校に進学してしまった。
颯真からは「父さんは頑張れと言ってくれている」と聞いた。
そうだった。潤はなにも言えなかった。
「ごめん、そうだった。忘れていたわけじゃないけど、最近が苛烈に感じていたんだと思う……」
素直に謝る。
「経営者としての才覚は、幸い潤の方にあったわけだから結果オーライだったと思うし、あいつはあいつで自分の道を極めている。それは大変結構だ。父親として異論はない」
ただな、と和真は言葉をつなげた。
「本家の長男という立場からすると少々具合が悪い。特に潤、お前が経営者として才能を発揮すればするほど、颯真には厳しい目が向けられる。兄の方は、とな。
あいつはそのことを自覚しているだろう。だから俺も今は厳しく接している。あいつは家業を継いでいなくとも長男だからな」
アルファだからでも、オメガだからでもない。長男だからだと言われれば潤は何も言えなかった。
和真の話は続く。
「今のお前たちからすると、家族や親戚といった身内のことを考えると面倒しかないかもしれない。でも、それはきちんとしておかないとならん。もちろん、彼らには森生の事業を支えてもらっているし、なんと言っても身内だ。苦境に追い込まれれば味方になってくれるのは彼らだ。
颯真は自分の言葉で行動で、彼らを説得する必要があるんだ」
潤は頷いた。
「僕たちは父さんや母さんだけでなく、他の親戚たちにもきちんとしておく必要があるってことだね。拗れないように」
「そうだ。それにはまず俺たちを説得する必要があるだろ。本当なら、お前たちの関係が本能ゆえのものである、ということをもっとストレートに表現できたら、説得も容易なんだろうがな」
森生家は第二の性がアルファやオメガである人が多い。双子の関係性が兄弟ではなく本能で惹かれ合うものであると分かれば、理解も進むのかもしれない。
「……難しいね」
潤は唸った。
すると、今度は和真が楽しそうに潤に話を振る。
「今日は、お前は颯真のことばかりだな」
潤は思わず表情を緩めた。
「そうかも。父さんと母さんには心配ばかりかけてるけど、僕の世界はもう颯真を中心に回ってるんだ」
「ほう?」
和真の少し誘うような相槌に、潤は頷いた。
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