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「だからさ、今から少し生意気なことを言うかもしれないけど、許してほしい」
潤はそのように前置きをした。自分たちを気にかけている父親に正面から物申すには、予めこれくらい言っておくことは必要だろう。
打って変わって空気は張り詰めるだろうが、潤にとって颯真がいないこの場で、和真に言っておかねばならないことなのだ。
「それは颯真のことか」
潤は頷いた。
「颯真は、父さんの言葉にかなり傷ついてる」
潤の一言に、和真は視線をこちらに向け、無言でその先の言葉を促す。あたりの空気は張り詰めた気がした。
「この間の話だよ」
潤は密かに深呼吸する。
しかし、和真は困惑したようにテーブルに頬杖をついた。
「俺は正論しか言わなかった気がするが」
「確かに、父さんはこれまで颯真に対して、この話以外で厳しかったことはなかったかもしれない。でも、颯真には昔『潤がお前を選んだのであれば、番うことを考えてやらないでもない』って言ったと聞いてる」
潤の言葉に和真は頷いた。
「お前の初めての発情期に時に言ったな……」
「颯真は、この気持ちを抱えて一人で苦しんできたし、傷ついてきた。その中で、父さんのその言葉を糧にして生きてきた側面もあるんだ。
それなのに、この間はあっさり反故にされて、今の自分を否定された。傷ついていない訳がない」
潤は静かな表情で見つめてくる和真の目を、強い意志を込めて見返す。
「僕とのことを諦めさせたくて父さんが颯真に放った一言一言が、今でも彼の胸には突き刺さったままだ」
もちろん、潤には颯真を一番傷つけていたのは自分だという思いはある。もういい、気にするなと言われても、おそらくしばらくは消えない気持ちだ。
「僕は父さんを責められる立場じゃない。なんだかんだとずっと颯真に負担を押し付けてきたのは、この僕だ。
でも、もう颯真を傷つけないでほしい。静かに見守ってほしい。その誠実な想いは分かって欲しいんだ」
潤の精一杯の言葉に、和真は沈黙し、頷いた。
「あの言葉は、これまで颯真を縛っていたか」
「今だって。縛っている」
先日の颯真の様子が、潤の脳裏に蘇る。ヒート抑制剤の飲み過ぎの原因は、十二年前の潤の発情期にしでかしてしまったコントロールの失敗にあると言っていた。あの時の和真の言葉が、今も颯真を縛っているのは明白だ。
「颯真の苦しみは、僕たちが父さんから番う許可を得るまでは解放されることはないのかも……」
重い空気になりがちな二人の間で、潤は呟いた。
和真は何を考えているのか。顔を少しあげて目の前の父親の姿を見ると、少し考えてから頷いた様子。
「潤、お前は俺の大事な息子だし、もちろん颯真だってそうだ。俺が願うのは、お前たちの幸せだけだ」
自分の訴えは和真に伝わったような気が、潤にはした。和真の言葉から、潤は誠意を感じた。
「ありがとう」
潤は目を伏せてから、和真を見据える。
「僕たちは諦めない。許してもらえるまで、行動で示して根気強く説得していくしかない。
分かってほしいのは、父さんと母さんは僕たちにとって一番大切な家族だっていうこと。将来の伴侶となる番を見つけられたことを、祝福してほしいと思ってる」
潤は和真に向けて視線を外さなかった。
和真は反応を見せない。
「実は、颯真と話していることがあるんだ。父さんたちから番う許可を得たら、今は空き家になっているおじいちゃんとおばあちゃんの家に移り住みたいって」
将来の展望を話すチャンスは今かもしれない、と潤は感じていた。
「母さんが管理してる……」
潤が言い添えると、和真は頷いた。
「天野医院の隣の洋館だな」
「僕と颯真にとっては思い出の家だ。この間、あんな風になっているのは寂しいねって話した。手入れは行き届いていたとしても、人が住んでいるのとそうでないのでは、家の傷み具合はやっぱり大きく違う」
あの小さな洋館を、昔のように活気のある家に蘇らせたいんだ、と潤は言った。
「もともと颯真が提案してくれたことだけど、僕も大賛成なんだ。実現するには父さんと母さんの了解が必要だから」
和真も頷いた。ことのほか嬉しそうな表情。
「そうか、お前たちがまた近くに戻ってくるのは、いいな」
なにしろ母さんが寂しくないだろう、とやはり和真も気遣うのは自分の番のことだ。
「それに、自分たちが育った環境で、子育てをするのもいいかなって思ってる」
その言葉に、和真はわずかに目を見開いた。
「潤……」
これは、驚いて言葉を失っているのかもと思う。
「子供は欲しいな。僕も颯真も。番ったら、子供を授かりたいと思ってる」
潤は和真の懸念を先回りする。
「僕たちは番ったとしても、正式に結婚はできないけど……。いや、できないから、なのかな。僕は颯真と家族を作りたい」
わずかに沈黙が舞い降りた。
和真が一言、問いかけてくる。
「……血が濃いと、いろいろ心配ごとも多いぞ」
和真の言葉に潤は頷く。
「うん。そうだね。リスクはかなりあるみたい」
「覚悟の上か」
「そう。それでも、と思ってる」
念を押す和真の言葉に、潤は頷いた。
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