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 さらに、和真が追い討ちをかける。 「それはお前たちのわがままだ。自己満足だとは思わないか?」  潤は、和真の言葉の切れ味が、変わった気がした。言葉で切り込まれたように感じ、咄嗟に試されていると悟る。 「それは、リスクを承知で求めるということに対して?」 「そうだ。もし、そのリスクを負って生まれてきた時、お前は後悔しないか? 我が子を受け入れられるか?」  潤は少し考えた。どう言えば納得してもらえるか……。 「父さん、たとえば二卵性の双子で元気に五体満足で生まれてきた子供がいたとする。一方はアルファで一方はオメガだったけど、それでもすくすくと健康に育った。  なのに、番を選ぶ年齢になって、二人はいきなり兄弟だけど互いを愛している、なんて言い出した。周りは近親婚だと大騒ぎだ。  この双子は、いわば生物が避けるというインセストタブーを易々と乗り越えてしまった異常者だ。もしかして遺伝子レベルで問題があったのかもしれないと疑念も浮かぶ……。  父さんは、僕と颯真という息子に失望した?」  和真は明らかに気分を害した様子で、憮然と言った。 「……そんなわけないだろ」  嫌な空気が流れているのを潤も感じている。しかし、できるだけ焦らず冷静に、反応を見極めながら説得したいと、自ら落ち着くために呼吸を整える。 「……ありがとう。ごめん、僕もかなり卑怯なことを引き合いに出している自覚はある。  自分の子供は全力で愛するし、僕は後悔はしないと思ってる。だって、僕と颯真の子だから」  でも、と手元に視線を落とした。 「もしかしたら、その本人からは恨まれるかもって思う。過酷な運命を背負わせてしまうかもしれない。しなくていい苦労をさせてしまうかもしれない。周りが不幸せだと言うかもしれない。  僕は、本人からそう詰られるかもしれないと。でも、謝る代わりに抱きしめて、望まれて生まれてきたことを伝えていきたいと思う。全力で守るし、全力で愛することを誓う」  兄弟で子を成すことへの影響の大きさ、リスクの重さを、潤は颯真と番うと現実的に考え始めてから知った。妊娠はおろか、まだ番ってさえいないが、いろいろと調べるなかで、生まれてくるであろう子供にも申し訳ない気分にもなった。それでもと思ってしまう。番を作れば当然湧いてくる感情とはいえ、周囲からわがままと罵られるのは当然かもしれないと潤は思った。  しかし、和真から飛び出たのは意外な言葉だった。 「俺もまた、お前の決意を見誤っていたのかもしれないな」  和真が身を椅子の背もたれに預けて、腕を組んだ。天井より少し遠い方向を見て、辿るように言葉を紡いだ。 「……昔、茗子が同じようなことを言っていたな」 「母さんが?」 「お前をオメガに産んでしまったこと、茗子はずっと後悔していた。本人にはどうすることもできないことだと分かっているのに、考えてしまうらしい」  潤の脳裏に、遥子の店で見せた母の弱々しい姿が思い出された。 「お前は何も言わなかったから、母さんはその葛藤を隠していたようだけど、苦しかったみたいだ。お前から責められることも覚悟していたらしい。  俺は一度、もし本当にそう言われたらどうする? って、意地悪く聞いたことがある」  潤は思わず和真を見つめた。彼は、ひどい番だろ、と自嘲するように笑みを浮かべた。 「母さんは、まずは抱きしめて愛してるって伝えたいと言っていた。  アルファでもオメガでも関係ない、自慢の息子だから幸せになってほしいと」  潤は言葉を咄嗟に継げなかった。  息を飲み込む。  和真は呟いた。 「親の愛は深いよな……」 「……父さんにも母さんにも、僕と颯真は守られて生きてきたんだ。……そして今も」  改めて目の前の父親を見つめる。和真はその視線を優しく受け止めた。 「お前たちは大事な息子だ。家族だ。  俺は、お前たちも母さんも、全力で守る。  そして颯真は……。お前に対しては俺と同じ気持ちなんだろう」  潤には意外だった。そのような言葉が和真から出てくるとは。「俺と同じように」という表現に、態度の軟化の片鱗を感じる。 「アルファとして?」  そんな問いかけにも静かに頷いた。 「……そうだな」  不意に颯真の声が蘇る。自分がオメガであると分かった夜に言われた言葉。  彼の熱い手が腕が、身体に回った感触を思い出す。  そして背後から聞こえた。 「俺は何があっても潤を守るし、何があっても味方だから」  あれから、オメガであることを受け入れるのに十五年近くかかった。その間にも潤は家族の大きな愛に支えられていた。そして、密かに颯真からも。 「僕はずっと颯真に守られていたな……。  だから、これから僕はそんな颯真を守りたい」  片割れを支えたいという気持ちを大切にしたいと潤は感じた。

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