144 / 215

(53)★

 父の和真と会った翌日の朝。  鼻腔をくすぐる甘い香りで、潤は意識が浮上した。まだ目を開けたく無いのだけど、その魅惑的な香りに近づきたくて、潤は無意識に身体を寄せ付けた。それは、温かい何か。 「ん……」  優しい手つきが背中を滑る感覚がある。  爽やかなのに甘く感じる香りは颯真のもの。無条件で安堵できる。  昔から知っている、大好きな香りなのに、こんなに心拍数が上がるものであるとは、つい最近まで知らなかった。ドキドキするけど、心地よい、幸せな香り。 「起きてる?」  耳元で囁かれた声。颯真はすでに起きていて、微睡んでいたのがバレていたらしい。潤はその多幸感のある一時を終わらせたくなくて、目が開けられない。 「んんー。……寝てる……」  嘘ではないし。もう少し、堪能したい。  そして同時に颯真の胸に顔を擦り付けた。するとくすくすと笑い声が聞こえる。 「それ、もう寝てないだろ」 「そうまぁ……起こして」  今朝の潤は、どうしてか颯真に甘えたい気分なのだ。他人にはできないことも、この片割れにはできてしまう。 「やれやれ、困った姫だ」  誰が姫だ、と思うが、何も言わずに、目を閉じたままいると、少し体勢を変えられて、唇に颯真のものが重ねられた。なぜ欲しいものが分かるのだろうと思うくらいに躊躇いがない行為。  唇に柔らかいそれが軽く触れられて、思わず口を開けたところに深く重ねられ、舌が入り込んできた。  背筋から、快感がするりと駆け抜ける。 「……んっ」  颯真が朝から仕掛けてくる舌技は刺激的で、潤はたまらず息を漏らす。でも、これがほしかったものだと思う。  颯真の行為はこれだけに終わらず、そのまま潤のパジャマの中に手が入ってきた。するりと敏感な肌を、指が這う。  これには潤も驚く。 「っ……」  颯真を受け止める唇から、思わず声が漏れた。  指はさわさわと潤の腹を這い、辿り着いたのは上着のなかで無防備な姿を晒す胸の突起。敏感なその場所を指の腹で触れられるだけで、耐えられずに声が上がった。 「ああっ……」  思わず潤は目を見開いたが、目の前には颯真。 「お。目が覚めたか、眠り姫」  颯真が揶揄を込めて柔らかく笑う。でも悪い気分ではない。やっぱり今朝は少しおかしい。 「ん……」  もっとと、潤が手をかざすと、颯真が抱き寄せてくれた。ふたりで抱き合ってベッドに横になる。時間はわからないけど、まだ遮光カーテンの向こう側は暗くて、起床時間よりも時間は早そうな気がする。 「今朝は甘えん坊だな。体調は平気?」  颯真の質問に潤は頷く。 「ん……。多分平気」 「熱は?」 「……ない」 「そうか。でも、そろそろ発情期だからかなー」  そう言って颯真が潤の寝巻きのズボンに手を入れてきた。  それには思わず潤も慌てる。 「ちょっ……颯真っ! どこ触ってるんだよ」  思わず目も覚めるというもの。潤は身体をよじるが、颯真はいたって真面目な表情で、お尻の奥を少し触らせて、と言ってきた。  触診したいという。 「このままでもいけるけど、仰向けになってくれたほうが痛くないと思う」  その場所は、オメガが発情期を迎えると最も変化する場所。アルファの雄を受け止めるために柔らかく変化する。そのため、オメガの発情期の確定診断はアナルの触診によって判断されるのだ。わかっている。わかっているのだが。  颯真はベッドに潤を仰向けにさせると、自分は身体を起こす。 「いい子だから、ちょっと膝立てて脚開いてくれる?」  颯真はそう言って潤の寝巻きのズボンに手をかけた。潤は少し躊躇う気持ちもあるが、颯真の邪魔をしたくないのと、本音では嫌ではないというのもあるので素直に従う。でも、颯真にしっかり診られるのは少し恥ずかしくて、それを紛らわせるために潤は枕を抱き寄せて顔を覆った。颯真はくすくすと笑う。 「そのほうがリラックスできるならいいよ」  枕を抱き寄せる潤に腰を少し上げさせて、するりと颯真は下着とズボンを取り払った。下半身は冷たい空気にさられて寒い。潤はぎゅっと枕を抱きしめて顔を埋める。下半身が心許ないし恥ずかしい。寝起きのため、潤のささやかな中心部分は、元気に硬く上を向いている。隠しようもなく、それがばっちり颯真の視界に入ってしまうだろう。膝を思わず擦り合わせた。  枕に顔を押し当てて、ぎゅっと目を瞑る。すると、颯真が寒いだろ、と毛布を掛けてくれた。羞恥心がわずかに和らぐ。 「ちょっと脚を広げて。そう。少し違和感あるよ」  颯真が毛布を少しずらしてその場所に手を滑り込ませてくる。  それがなんともゾクゾクと快感を呼び起こし、潤は枕の下で呼吸を努めて整える。 「怖くない、怖くない」  そうあやされながら、颯真の手がその場所にそっと触れた。 「んっ……」  診察だと頭ではわかっているはずなのに、触れられるだけで気持ちが良くなってしまう。颯真の指がその場所をくるりと触れて、何度か押された。その度に、潤の身体はびくびくと跳ねて快感を拾う。寝起きで、潤の可愛らしい男性の象徴も屹立しているのだが背中から下半身にかけて、ぞくぞくと颯真の指が這うたびに、腰がゆらめく。  なんでこんなに気持ちがいいのだろうと、潤はうっとりした。 「……まだみたいだな」  颯真が潤のその場所を視診しつつ、くりくりと触れながらつぶやく。潤も頷いた。 「へ……平気。まだ。会社行ける……んっ」  落ち着かなくて変な気分にもなるので、早くその場所から指を離してほしいし、あまりじろじろ見ないでほしいのだが、颯真はそのままくりくりと触れながら頷いた。 「そうだな、年度末だから忙しいだろうけど、無理するなよ」  潤は何度か頷く。 「うん……。だ……大丈夫、そのあたりは、廉が許さない、た……ぶん」  無意識で腰が揺れてしまう。まだ蕾は固くとも、颯真を欲しいことには変わりはないのだから。 「だな」  颯真は頷いたが、枕で顔を隠す潤を眺めているのだろうか、その場所をずっとくりくり弄りながら、頷いた。潤は我慢できず、両脚で颯真の腕を挟み込んでしまう。 「あん……。なんでずっと触ってるのー!」  潤が枕を少し外して睨むように見上げると、驚くくらい目がきらめている颯真がいた。 「あは。潤の反応が可愛くて止め難い。……他も少し診ようか」  颯真の手が、彼の目の前でそり立つその屹立に触れた。 「や……あ」  思わず漏れた拒絶の言葉に、本当にいや? と確認を入れてくる。  いやって言ったら、やめてしまいそう……とそんな雰囲気をぼんやりと感じる。  潤は迷い、枕を抱いたまま、ふるふると顔を横に振った。  すると、颯真はそっかと、嬉しそうに、そして優しく微笑んだ。 「見えないから毛布とるね」  そういって颯真はエアコンのスイッチを入れ、毛布を剥ぐ。敏感な場所が一気にひんやりとした空気にふれた。颯真の手のひらが、潤の顕になった脚を優しく撫でる。さわさわと指が這い、すぐに寒さなんて感じなくなった。 「これ外して? 潤の顔が見たい」  次に颯真が手をかけたのは、潤の顔を覆っている枕。やさしく手を添えられて、潤の意志は簡単に陥落した。 「やっと会えた」  枕を逸らすと、思った以上の近くに颯真の顔。そして。 「なんで……そうまも裸なの?」  颯真は上半身を脱いでいた。 「可愛い潤を見ていたら暑くなってきた」  潤は思わず颯真に抱きついた。颯真に可愛いと言ってもらえて嬉しくなった。そんなこと、普段は絶対にないのに。  潤は颯真の唇をせがむ。 「二人で気持ち良くなろうか」  そんな誘いを、潤は颯真の唇を塞ぐことで応じた。

ともだちにシェアしよう!