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 和泉にチョーカーを装着してもらい、潤はそのまま待機してくれていた社用車に再び乗り込む。  颯真からの連絡を待ち続け、手にしたままのスマホは、未だに鳴らない。緊急抑制剤の投与を断ったので、発情症状はそのまま少しずつ顕在化してきている気がするが、平静を装う余裕はまだあった。  その平静さを総動員して、潤はなんとか中目黒の自宅まで戻ってこれた。  それでも身体の変化が著しい。特に下着の中。前の部分はまだ濡れてはいないものの、かなり硬く変化しているのがわかってしんどい。さらに、その奥の部分。むずむずとした、満たされない感覚がずっと続いている。ともすれば、そのまま指を挿れたくなるくらい、身体が快感を求めている。オメガ特有の分泌物で下着が濡れているのも感覚で分かり、不快極まりない。  まずは身を清めた方がいいかも、と潤は考え、シャワーを浴びるために、スーツのまま脱衣室に向かった。  ジャケットを脱ぎかけて、ふと足元に目が止まった。洗濯機の横に足元に置かれた脱衣カゴの中。無造作に入っていたのは白いワイシャツだ。颯真が昨日着ていたもの……。  潤は思わずそれを取り上げて、顔を寄せて匂いを嗅ぐ。  ふんわりと颯真の香りがした気がした。  スーハーと、颯真のワイシャツに鼻を当てて、香りを探る。自分らしくない、かなり異様な行為であるという自覚は、本能と理性の狭間でわずかにあったが、身体がそれほどまでに颯真の香りを、フェロモンを求めていると思えば、あっさり受け入れられた。  事実、颯真のワイシャツからの香りで、潤の気持ちはかなり落ち着いたのだった。  そのままワイシャツを手放せなくなり、いそいそと颯真の部屋に移動する。ベッドにも颯真の残り香があるのではないかと思い立ったのだ。以前、別れて暮らしていた時に、颯真の香りを求めて彼の部屋で自分を慰めたこともある。  ベッドサイドの明かりをつけて、そのままワイシャツを抱えたままベッドに横になる。苦しくなってネクタイのノットに指を入れて緩めた。ワイシャツのボタンも上を外した。少し息がしやすくなって、そのまま颯真の枕とワイシャツに顔を突っ込んだ。  神経を研ぎ澄まし、スーハーと香りを探る。  やっぱり。予想は当たった。身体から力が抜けて、安堵感に支配される。深呼吸を繰り返して颯真の香りを堪能する。と同時に、その香りに煽られて、身体が熱くなってくるのもわかった。  下半身が限界に近い。先ほどまでの発情の初期症状に、颯真の香りが加わって、一気に症状が進んでしまったのかもしれない。  でも、颯真はまだ帰ってこない。連絡もない。  そう思うと、不安が胸に押し寄せて目頭に涙が溜まりそうになるが、それをワイシャツで拭った。大丈夫、家に着いて颯真のベッドで待っているのだから、もうすぐ帰ってくる、と慰める。  潤はベルトを外し、スラックスと下着をずらして、颯真を求めている場所を露わにした。  もう自宅で一番安心できる場所にいるのだから、繕う必要はない。窮屈な下着を脱いで、少しすっきりした気分。  颯真が帰ってくるまでに、自分で後ろをほぐしておいたら……。準備しておけば、颯真はすぐに満たしてくれるだろうと思いついた。  自宅に帰ってきて、ものの十分も経たないうちにこんなことをしている、ということに異様さを感じたりもするが、今の自分は普通ではないという自覚はある。  潤はくしゃくしゃのワイシャツを口元に当てて、うつ伏せのまま膝を立て、腰を上げる。  前は緩く立ち上がり、後ろの蕾は空気に触れるとひんやりとした。そのまま足を開いて中指を這わせると、滴るほどに潤んでいて、ぬるりとした感触とともに、驚くくらいスムーズに指が入った。 「あっ……」  思わず声が上がる。  発情期ってすごい。  中が、熱源があるように思えるほど熱くて柔らかい。解す必要なんてなかった。指の先で探るように奥へと進めた。卑猥な水音が下半身から聞こえてくる。何をやってるのかと、冷静な思考がわずかに差し込まれたが、それを阻害して不意に嗅覚を刺激したのはミントの香りだった。  恥ずかしいはずなのに……煽られる。  自身の熱い場所に入り込んだ指を抜くことができない。気持ちがいい。もっと、と欲望が大きくなって、快感を刺激しているみたいだ。性器もいつのまにか硬く立ち上がっており、視線をずらすと、足の間でふるふると震えている姿が見えた。  気持ちが良くなりたいという欲望と、わずかな羞恥が鬩ぎ合って、欲望が競り勝つ。  颯真を受け入れる準備をしたいわけではなくて、単純に快感が欲しいのだと、潤は己の素直な欲望に気がつく。帰ってくれば準備などしていなくても颯真は抱いてくれる。  今この瞬間の快感が欲しい。 「ふ……ぅん」  すると、耳元に、潤と呼びかける、颯真の声がした気がした。 「俺に見せて? 潤が自分でイくところ」  全身が、ぞわぞわとあわ立つ。  待っていた声に、潤は、そうま……と呟いた。  恋しい恋しい片割れの声に誘われて、潤は指を抜いて仰向けになり、スラックスを下着を取り去る。そして、颯真に見えるように脚を掲げて、再びその場所に指を入れた。 「あ……っ」  颯真に見られていると思うだけで、身体が熱くなる。  中に入れていた指も、最初は中指だけだったのに、いつの間にか人差し指もぬるりと入っていた。動きも大胆になり、交互に中を開くように指でかき混ぜる。 「いい子だね。気持ちいい?」 「……うふ……ん」 「答えられないくらいイイんだ。いっちゃえよ」  ほら、指をその場所に押し当ててごらん。わかるだろ? 自分の気持ちがいい場所。  颯真にそう促され、潤は入口の近くのその場所に指を当てて進められるままに刺激を加えた。 「ああっ……!」  固く上を向いていた性器が白濁を吐き出したのだった。  颯真、早く帰ってきて。  そう思いながら、潤の意識は落ちていった。 「潤」  肩を揺すられて、潤は少し我に帰る。 「ただいま」  ぼんやりと見上げると、ふわりと浮かんだのは、自分の最愛の番で片割れ。あれ、ミントの香りがめちゃめちゃする……。いつの間にか、スーツ姿で枕元にいた。 「……そうまぁ……」  潤が温もりを求めて手を伸ばす。  颯真の目が、いつもよりきらきらと輝いている。 「すごいな、オメガの巣作りって。  ……俺がまさか潤に作らせることになるなんて、思ってもみなかったけどな」  嬉しそうだが、わずかな後悔を含ませたような口調に潤は首を傾げる。  巣作り? とあたりを見回すと、潤を中心にして颯真のベッドの上には、彼の衣服が散乱していた。そして、手にしていたのは先程の脱衣かごの中から拾ってきた、昨日のワイシャツ。  これは記憶にあるけど、他は全く記憶にない。  思わず驚いて颯真を見る。 「……僕が……?」 「お前、覚えてないの? 俺が帰ってきたら、この状態だったよ」  颯真が驚きを隠せない潤の頬に手を添える。 「番の香りが恋しかったんだろう。無意識に集めたんだろうな」  たしかに。颯真の香りが恋しくて恋しくて、颯真が欲しくて、彼のワイシャツと寝具の残り香を求めてここまで来て、自分を慰めたところまでは記憶にあった。 「オメガの巣作り……」  潤が呟く。本能の行為だと聞いたことがある。  オメガの巣作りとは、発情期を迎えたオメガが、番のアルファの存在と香りを求めて、残り香のあるものを集めてしまう無意識の行為を指す。それが、鳥が巣を形成するようにオメガ自身を中心に作られることが多いため、そのような名称で呼ばれる。  潤も、話には聞いたことがあった。  しかし、オメガの巣作りは、特定の番がいる発情期のオメガであっても、ある条件がないと作られないらしい。それは、番の香りと温もりが得られない時。その寂しさや不安を埋めるための代償行為なのだという。  颯真によると、昼過ぎから緊急オペに入り、潤と連絡を取ることが難しくなった。このタイミングで発情期がきたら不安にさせてしまうと心配していたら案の定で、オペ室から出てきたら、和泉からの連絡が入っていて、潤に発情期の初期症状が見られたとのこと。  オペが始まる前に連絡を入れておけばよかったと振り返るも後の祭りで、寂しく不安な思いをさせているに違いないと、急いで帰ってきたという。 「案の定だった。寂しい思いをさせてごめんな……」  颯真が、潤の身を起こし抱き寄せた。首筋から大好きで心地よくて官能的な、颯真の香りがする。さっきまで泣きたくなるくらい求めていたものだ。  颯真が潤の頬に手を寄せて、唇に指を這わせた。その誘う行為に潤の意識は向けられる。 「そうま……」  颯真はその唇に、温かくて優しいキスをした。  潤は颯真をぎゅっと抱いた。  こんな不安定な自分を、きちんと理解してくれている片割れが本当に頼もしい。 「それにしても……」  そういって、不意に颯真が、顕になっている潤の素肌の腰に触れる。 「かなり、刺激的な格好だな」  するりと腰を撫で上げられる感覚に潤は慌てる。 「あ、え! それは……!」  上半身はジャケットを羽織ったオフィシャルなスーツ姿なのに、下半身だけ露出させて自分を慰めていたのだ。改めて見るとあまりに間抜けで、どれだけ余裕がなかったというのだと、潤は我に返ると恥ずかしくなる。  顔の体温がかーっと上がったが、颯真の目は、嬉しそうで、先ほど以上に煌めいていた。 「……嬉しい。余裕がないくらい俺を求めていたってことだし。  残念なのは、ストイックな潤のスーツ姿を脱がせることができなかったことくらいだ」  そうは言われても、羞恥心が慰められるわけではなく、潤は颯真を求めて手を伸ばす。 「俺も潤の巣の中に入っていい?」  颯真が許可を乞う。潤が無言で頷いた。

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