160 / 225

(69)

 そういえば、同期といえばさ、と潤は思い立つ。 「春日は元気?」  潤は今年三月に相模原研究所から本社へ異動となった同期、春日亮の存在を思い出す。  先月相模原研究所で藤堂に気にかけてやってほしいと言われていたにも関わらず、結局多忙を理由に連絡を怠ってしまったので気になっていた。  藤堂がなにやら複雑な表情を見せている。 「どうした?」 「まあ、社長も年度末でお忙しいですし」  そう思ってくれるなら有難いと自分の薄情さを棚に上げてしまう。……このようなことをするから、同期会にも顔を出しにくくなるのだが。 「バタバタしてて。ごめん」 「あいつは元気なんで大丈夫です。この間、昼飯を食いました。社長業ってホント忙しいんだねって言ってたので問題ないと思います」  彼は相模原研究所の管理部門から本社の総務部に異動になった。副社長の飯田の直下となるので、バタバタしていた潤の動きもなんとなく見えるのだろう。どうも気を遣わせてしまった。 「同期会で謝っておくよ。来るんだろ?」  すると藤堂は少し視線を泳がせた。 「あー多分。まだ最終確認してないんで」  今日最終確認をすると言っていたっけ、と潤は頷いた。  金曜日。  定時を少し過ぎてようやく仕事を終え、潤は江上と別れて一人で同期会の会場と指定された、会社から徒歩五分の居酒屋に向かった。 「え、私は不参加ですか?」  午後、潤が社長室にやってきた江上に今日の同期会の出席は不要と伝えると、目を丸くして意外そうな表情を見せた。  潤は頷く。 「最近ずっと残業だったし、わざわざ付き合わなくても大丈夫」  潤がそう言うと、江上があからさまに心配そうな表情を向けてきた。 「一応、藤堂には私も出席で出しているんですが」 「藤堂には話をつけてあるし問題ないよ。今日は定時で上がるように」 「しかし……」  それでも心配そうな表情の江上に潤が、デスクの下から紙袋を取り出して、江上に差し出した。 「これ、尚紀に渡してくれる?」  江上がそれを受け取り、中を覗く。中にはラッピングされた箱が入っている。 「プレゼント……ですか?」 「そう、バースデープレゼント。それを早めに尚紀に渡してね」  中身は天然精油とアロマディフューザーだ。  潤なりに考え、精油は尚紀の体調を把握している颯真と相談して用意した。 「それに、このプレゼントが遅れたお詫びに今週末くらいは早めに尚紀のもとに廉を返してあげたいなって思って」  江上が苦笑している。 「あれ。俺への気遣いじゃなくて、尚紀への気遣いなんだ」  潤が廉と江上を名前で読んだことを素早く察知して、江上の口調もくだけたものになった。  潤も笑う。 「あは。そうかも。  でも、僕がいない間に東都新聞の件とか……、いろいろ対応してもらったし。今日は帰ってゆっくりして。同期会は僕が請け負っておくからさ」  あ、あとさ、と付け足す。 「月曜日も休みにしておいて」 「え」 「月曜日に決済が必要な急ぎの仕事は、今日の定時まで。いいね、これ社長命令だから」  そのように念押ししたので、江上は今日は定時ですぐに上がったと聞いた。  尚紀にはあらかじめ潤から、連絡を入れておいた。尚紀は嬉しそうだった。今頃は番で水入らずの時間を過ごしているのだろうと思う。  我ながら良いバースデープレゼントだと自画自賛している。 「社長ー! ここです。お越しいただけてよかった」  見れば、少し先の店先で藤堂がこちらに向かって手を振っている。どうやら出迎えてくれたようだが、そんなに信用がないかなぁと潤は一人で苦笑した。 「お待たせ。出迎えてくれて悪いね」  潤がそう挨拶すると、お安い御用ですから、と藤堂はファニーフェイスでにかっと笑った。  同期会に設定された店は、森生メディカルから歩いて五分ほどの老舗の居酒屋。昔は平家建ての趣ある店構えだったが、駅前の再開発に伴い、建物は平屋からオフィスビルに替わり、その一階に昔の雰囲気を残した形で復活した。  軒先に暖簾がかかり、大きめの赤提灯が下げられているサラリーマンの憩いのような店だが、店内は広くて明るい雰囲気で、新しいためかこざっぱりしている。  聞けばここは界隈でも貴重な大型の居酒屋で、近隣のサラリーマンはもちろん、森生メディカルの様々な会合も行われているという。  さまざまな団体客が入るのだろう。店先に「歓迎」という案内板があり、そこに「森生メディカル同期会様」とあった。  こういう店ってまだあるんだなと潤はしみじみ思った。  潤が最後に参加した同期会は、海外赴任になる前もことで、やはりこの品川駅の近くの居酒屋だったなあと思う。あの後も、年に一、二回の割合で開かれていると聞いている。  潤にとっては、経営幹部に上り詰めてから初めての参加だ。  自分にとっては遅かれ早かれそうなることは分かってたし、あらかじめそのような心算で入社している。しかし、うっかり自分と同期となってしまった同僚の中には、同族会社ゆえの異様な速さの昇進を複雑な心境で眺めている者も、いなくはない。  仕事であれば結果を見せることで反発はねじ伏せると、潤は固く誓っているが、しかし同期であれば少し話が変わってくる。  それを直視したくなくて同期会から距離を置いていたのだ。おそらく江上も潤のその心境をわかっていたから、一人での参加を心配していたのだと思う。  藤堂の誘いはそれから逃げるなということなのかもしれない。 「藤堂と飲むのも久しぶりだね」  潤がそう言うと、「ですよね、楽しみです」と彼も頷いて、店の引き戸を開けてくれた。 「おーい、社長きたよ〜」  店内にそう藤堂が呼びかける。店員が潤を奥の座敷に案内してくれた。  四人掛けの掘り炬燵の席が八卓ある大部屋に通される。  ちらほらとおつかれさまです〜という微妙な声色とテンションの挨拶が聞こえ、潤もそれに応える。同じ釜の飯を食べた仲といっても、もちろん四十人もいれば付き合いには濃淡がある。  早速、微妙な雰囲気だなーと多少の居心地の悪さを感じつつ、どこに座ろうかと内心で迷っていると、四人テーブルに陣取った、男女二人から手招きがされた。  

ともだちにシェアしよう!