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潤を手招きした相手はもちろん同期である。
二人ともきっちりしたスーツ姿だが、アフターファイブの気安さからか、少し着崩している。
それは人事部の才女と東京営業所のエース。あれなら、と潤はそこに混ざることにした。
「お疲れ様」
そう挨拶すると、お疲れっスー、と軽く返事したのが東京営業所のエースの霧島拓也。
「ここ座って!」と世話を焼くのが、人事部の才女と言われる樋口沙也香だ。
潤は霧島と樋口に囲われる形で掘り炬燵に腰を下ろす。
大きな個室にはすでに半分くらいの人が来ていて、思い思いの席に座っている。
「ようやく同期会に来てくれた〜。社長ありがとう!」
樋口がそう言ってくる。なぜ礼を言われるのか潤には分からないが、歓迎してくれるのは嬉しい。
「藤堂にうまく乗せられたよ」
そう言うと、樋口はうふふと楽しそうに笑った。
「しゃちょー! お久しぶりです! 元気だった? ようやく藤堂が参加の約束を取り付けたっていうんで、楽しみにしてたんすよー」
霧島のテンションってこんな感じだったっけ、と思うが、腫れ物に触るような対応より全然いいので、潤も頷く。
「元気だったよ。霧島は活躍してるじゃん」
彼は入社以来、ずっと営業の最前線に立っているエース級のMRだ。彼は社内でも実績に基づいた有名人で、数年前には社長賞を受賞した経歴があるほどだ。現在は激戦区である誠心医科大学病院を中心とする、森生メディカルの最重点エリアを担当している。
「社長のお陰で、また刺激的な毎日になりそう。あのペア・ボンド療法の治験参加、決めてきたの社長って話、聞きましたよ」
詳しい経緯は社内には公表していないはずだが、どこから聞きつけたのか。まあ、そういう情報を拾ってくるのもまた営業だ。
「申請中の薬剤の将来性を買ってもらったんだよ」
「M203ね。藤堂がプロマネしてるやつだ」
「そう。自社開発品をそうやって評価してもらえるのは嬉しいよね」
潤がそうまとめると、そうっすね、と霧島も笑った。
「M203は営業としてメルトの牙城を崩す一手にしたいとめちゃくちゃ期待してます」
潤も頷いた。フェロモン誘発剤は、抑制剤に比べたらまだまだ市場は小さいが、大きな可能性を秘めている。そんな希望に満ちた話を、同期と……それも最前線に立つMRと話せるのは楽しい。
「ここだけの話にしてほしいけど、メルト製薬と誠心医大病院は文字通り蜜月状態だから、そこに食い込むのは並大抵の努力じゃ難しいと思うよ」
つい同期のよしみで踏み込んだ表現を口にした。樋口がなんのことかと目を丸くしている。
「そうなんすよ!」
すると、霧島は大きく何度も頷いて同意する。きっと彼は潤の言葉を実感として理解しているのだろう。
そういえば、と潤は思い出した。数年前、まだドイツにいた頃、和泉がアルファであることが発覚し、その番になったのがメルト製薬の担当MRだと大騒ぎになったことがある。
潤のもとにそんな連絡をしてきたのが霧島で、横浜病院に勤めている兄がいるとどこからか聞きつけてきたようだった。潤は同期のために颯真から話を聞いて彼に伝えたことがあった。
「まあ、それも含めてメルトの強みなんでねえ」
やるしかないですわ、と、その口調は頼もしい。
営業現場では両社のシェア争いは苛烈だ。特に今は森生メディカルが新薬を投入したため、いつも以上に熾烈だ。
「でも、そんなメルトと開発現場は手を組む。霧島はどう思ってるの?」
潤がそんな意地悪な質問を投げると、彼はにかりと笑った。
「それはそれ、これはこれ。ペア・ボンド療法は概要くらいしか知りませんが、とても希望がある治療法でしょ。製薬会社にとっても将来性がある。それが今後臨床に降りてきたらと思うと、めちゃくちゃ楽しみですよ」
そんな反応に潤はホッとした。
「おい、霧島」
いつの間にか彼の背後にもう一人の同期がいて、彼を呼び止める。霧島はいくつか言葉を交わすと、ちょっとすみません、と中座した。
残されたのは潤と樋口だ。
「霧島くん、すごいですね」
樋口もやはり入社して二年ほど関西の方でMRをしていたが、ジョブローテーションで人事にやってきた。営業成績はあまりパッとしなかったらしいが、人事で彼女の能力が開花した。
「そうだね。多分この同期でもずっとトップの売り上げだったしね。
でも、樋口さんだって去年は快挙でしょ。新卒のMR認定試験、全員合格だったっだんから」
彼女の主な業務は新卒の研修。その集大成が新人にとって合格必須とされる認定試験の合格。それまで毎年一人二人は不合格者が出ていたのが、昨年は全員合格という快挙を成し遂げた。
それは研修担当の彼女の功績に他ならず、管理部門を任される飯田も感心していた。
「わあ、社長がご存じ! 嬉しいわ」
「今年の子たちはどう?」
「ええ、目がキラキラしていて」
そういう樋口の目もキラキラしているのだから、この仕事は彼女にとって適任なのだろう。
「もちろん、今年もちゃんと激励をお願いしますね、社長!」
「え、僕?」
「そうですよー。去年は、最後の最後に社長に激励されてお尻に火がついたって子、多かったんです」
森生メディカルでは晩秋の季節に最後の追い込みとして、新卒が試験に向けた最終追い込みの勉強会を行うのが恒例だ。以前は那須高原の施設に合宿形式で缶詰になったのだが、 日程の調整が難しく最近は社内の会議室で数日にわたり行われたりしている。
そこに社長が差し入れとともに激励に行く、というのが前社長の茗子の時代から続く恒例行事として残っていて、潤も昨年は人事の要請で顔を見せた。
やはりそこで社長が顔を出すか出さないかでは、士気の上がり方が変わり、その後の試験結果に大きな違いがあるという。たしかに、あのテンションはたしかに影響として大きいのだろうと潤は思う。
「あと、最近藤堂くんからも相談を受けていますよ。彼の新しいポジション、メディカル・アフェアーズ室って社長の肝入りって聞きました。でも、人材集めから丸投げされたって藤堂くんが」
「あいつー」
言い方があるだろうに。
「相変わらず、仲がいいですね」
樋口は江上と同じことを言って、笑った。
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