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「それはラインで謝っていただきましたが」
松也との一件があった翌々日の朝。彼から、謝罪のメッセージを受け取った。いかにも彼らしい言い方だなと潤は思ったが、それ以降は音沙汰なし。
その後は潤自身、毎日忙しなかったため、正直忘れていた。
松也のことを憎いかと問われれば、正直言うとあまり憎しみの感情は湧かない。目の前にいても冷静でいられる。
おそらく潤自身があまり彼に対して思い入れがなかったためだと思う。あのような酷く裏切られて別れたとしても、颯真と気持ちが繋がったことで、心の傷として残るものは浅かった。
ただ、彼が潤の飲み物に薬を入れ、無理矢理に抱こうとした事実はあるので、警戒心はどうしても先に立つ。
「会って直接話がしたかった。
もちろん、何をするつもりもないよ。だから、少しだけ付き合ってほしい」
俺の言葉を信じられないのであれば、その戸を開けっぱなしにしておけばいい、と松也に促され、潤は迷うことなく素直にその通りにした。先ほど霧島がきっちり閉じた戸を、再び大きく開け放ったのだ。
何かあればすぐに助けを呼べるように。
その考える間もないほどの反応速度を見て、松也は頷く。
「まあ信用されてないのは分かってる。座ってよ」
彼は座敷の掘り炬燵に足を入れて、座っている。その姿を見て、素早くその場から動くことはできないと判断し、潤は十分距離をとりテーブルを挟んだ出入り口側の畳に正座した。
万が一を想定して、すぐに動けるように掘り炬燵に足を入れることはしたくなかった。
それでも、松也は聞く姿勢の潤に礼を言う。
「ありがとう。少し付き合ってくれるみたいだ」
「簡潔にどうぞ」
警戒心を隠さない反応に、にべもない言葉をそえると、彼は苦笑した。森生社長は厳しいな、と独りごちた。
「父から君たちのことを聞いた」
思わず潤は驚いて目を見開き眉を上げてしまった。松也はそれに関して何も言わなかった。
なぜ、自分達のことが松也の父親である天野から伝わるのか。
もちろん、両親だけでなく颯真も天野をホームドクターとして信頼している。潤が本能で颯真を求めた初めての発情期の頃から兄弟の本当の絆を知っていると聞いているし、逐一両親からも相談を受けていたに違いない。外部者としてはもっとも詳しく知る人物なのだろう。
しかし、それが息子に情報として流れるのはまた違う。
「天野先生が松也さんに?」
「いや。父の名誉のために言うと、俺が聞き出した。君たち兄弟の事情は、本人達から聞いている、と」
松也によると、あの一件の後、颯真に一度だけ院内で呼び止められ、言葉を交わしたのだという。
「その前に颯真くんから、詳しいことは天野先生に聞いたらいい、と言われたんだ」
なぜ父から、と松也は反応した。颯真は、天野先生はおおよその事情は知っているからと言ったという。
颯真がそのようなことをしていたとは、潤は全く知らなかった。
「それで、父から話を聞いて。繋がった。俺は、自分に思い込みがあったことに気がついた」
自分の言動を思い返して、記憶を消し去りたい気分だった、と松也は自嘲した。
おそらく、潤の発情期に乗じて無理やり颯真が抱いて、己の欲を発散させたという、松也の都合の良い解釈がすべて誤解であったことをさしているのだろう。
「しばらく颯真くんを恨んだよ。知らなくていい事実だったのに、と。
君を颯真くんから解放してあげるなんて、調子のいいことを言いまくった俺だけど、完全に方向違いで一人芝居をしていた」
松也はしばらくの間、一人でその事実にのたうち回っていたという。
松也に現実を突きつけたのが、颯真の報復であり厳しさなのだろう。
「俺は、随分と滑稽だったね」
潤は何も言わなかった。
「君の沈黙は残酷だ」
「僕があなたに慰めの言葉をかけるのもおかしいなって」
「そうだね。すまない。
君たちの関係に俺が何を言う資格はない。ただあの時は本当に申し訳なかった。
許してもらえるかは別として、俺は今後の君の幸せを願うだけだ。それを言いたかった」
意外な言葉に潤は顔を上げる。
「僕の幸せですか?」
松也は少し表情を和らげる。
「あのね、俺は君を脅して罵倒して……あんなことをしたけど、最初に君と再会して、番たいと思った気持ちも、君のアルファになりたいと思った気持ちも、君を大切にしたいと思った気持ちも、全て嘘ではないんだ」
欲が出てしまったのだと。
「振られたのに、君に隙を見つけてしまって、あわよくば手に入るかもしれないと魔が差してしまった」
確かに松也は人の話を聞いているようで聞いていないし、多少は強引だったが、彼の誠実さは潤にも伝わっていた。だからこそ、自分の言葉で断らなければならないと思った。
「颯真くんと番うこと、ご両親に許可を得ることにしたそうだね」
「……それは、天野先生情報ですか」
「うん。ずいぶん思い切ったことをしたと思ったけど、それは君たちの真剣さの表れなんだろうね。
父から詳しく聞いてみれば、颯真くんはずっと弟である君のことを、自分の番だと気がついていたと聞いた。長く悩んで苦しんでいたと。なるほど肝が据わるわけだと思った。
ずっと君は、颯真くんに狙われて……守られてきたわけだ。そんな君に手を出そうとしたのだから、無茶なことをしたと思ったよ」
松也はそう言って視線を伏せた。
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