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「ご両親に認められるといいな」  松也にそう言われ、潤はどう返していいのか迷った。ありがとうございますと礼をいうのも違う気がするし、そんなことは関係ないと突っぱねるのは気が引ける。 「僕はあなたに脅されました」 「うん。そうだね」 「でも、僕も反撃した。あなたに結構なことを言ったと思う」 「かなり鋭く突かれたね。だからカチンときた。本当にその通りなんだけど……。  俺の中に、颯真くんへの複雑な気持ちがあったのは確かだ」  松也は颯真への感情に過去形を使った。 「もう君に繕ってもどうにもならないから告白するが、父が……何より父が、俺には止めたアルファ・オメガ領域の専攻を、颯真くんには認めたというのがショックだったみたいだ」  松也は尊敬する父親の跡を、アルファでありながらも継ぎたいと思い医大に進学したものの、途中で挫折し、アルファ・オメガ領域から外科に進路を変更した。以前、アルファゆえに諦めねばならなかったと話していたのが、潤にも印象的だった。  その数年後、同じアルファの颯真がアルファ・オメガ領域を専攻し、それを父親の天野が認めていたのだから、それは大いに複雑な感情に見舞われるだろう。  その感情は父へ向けられるだけではなく、おそらく颯真へも。 「……なんとなくわかります」  潤は頷いた。同じ、第二の性に翻弄されたもの同士、その時の松也の戸惑いや疑問や疑念は潤にも想像できる。 「ありがとう。共感してもらえるとは思ってなかった。  でも、颯真くんの、君への感情を知って……、そして父も知っていたと聞いて……、父は選ばないことを薦めることができなかったのだろうと思った」  天野の心情は、潤には推し量ることしかできないが、おそらく颯真に対しては松也の言う通りだったのだろうと思う。 「それに、天野先生にとって松也さんは大切な息子さんですから、あえて苦労するような茨の道を選ばせたくなかったのだと思います」  おそらく、どちらが優秀だからとかどちらが適性があるから、とかいう問題ではなかったのだ。  言ってしまえば、覚悟の差なのかもしれない。 「それもあるかもね。  もしかしたら、父は颯真くんの、そのどうにもならない君への想いやアルファとしての焦り、将来的な不安……そういったものを、兄弟という関係とは違う関係性を作ることで少しでも昇華できたらと思っていたのかもしれない。  だから、俺には止めておけと強く言ったけど、颯真くんには言わなかった。言えなかったのかもね」 「もし、僕がこれから先も颯真の気持ちに気がつかずにいたら……。颯真にとって、兄であり主治医であるというそのポジションが拠り所になったのかもしれません」  森生潤の、オメガの大事な弟の主治医という立場を救いとする人生。  潤が颯真を受け入れたことで、可能性としては消え失せた未来。潤は仮定法過去として言えることに安堵していた。 「愚かなことを聞くけど、もし潤君が颯真君の気持ちに気がついていなかったとしたら、俺と番うという可能性はあったかい?」 「ないですね」 「……清々しいほどの即答だ」 「何度も言いますが、松也さんだから、というわけではありません。ああやって颯真の気持ちを知らないままであれば、僕は自分の第二の性を受け入れることもなかったかもしれないので」  おそらく、オメガとして愛される喜びも知らずに一生独身となるかも。もしくは、母茗子が言うようにベータの女性と結婚していたかもしれない。  いずれにしろ、主治医の颯真の手を借りて完全にフェロモンを抑えながら生活し、ひょっとしたら家族を作り、きっと十年に一度くらい入院して発情期を計画的に起こす治療でも受けていたかもしれない。  オメガという性には一生向き合えなかっただろう。 「そう思った途端に、なんかすとんと自分の中で落ちてね。事情があったのだと、それに納得できたからなのかもしれない。  そしたら、君に謝りたくなった」 「松也さん」 「相変わらず、颯真くんには仕事以外には冷たい対応をされている。彼の大事な人と傷つけてしまったのだから仕方がない」  潤は何も言えない。颯真の怒りは十分理解している。自分だって。 「颯真くんに許してもらえないまま、潤くんに近づくわけにはいかない。  だけど、いつか彼の怒りが解けたら……、ばったり会った時に、気軽に話しかけられる関係と思ってもいいかい?」  やはり、振られて友人に、というのは彼の本音だったのだろう。 「きっと君たち兄弟が無事に番えたら、になるのだと思うけど」    その言葉は、松也が自分達の関係を認めてくれているように感じられて、潤はぴんと張り詰める気持ちが僅かに緩み、少し気持ちが軽くなった気がした。 「松也さんは……人の都合を聞いているようで聞いていないし、強引だし、アルファらしく自信に満ち溢れていて、時々それが本当に癇に障って憎らしく思うんですが……」  潤の容赦ない言葉に、松也は苦笑しかない。 「言うねえ……」 「本当に素直な方だと思う。嘘をつけないんですね」  松也の本音には、きちんと本音で向き合った方がいいと思う。 「今更ですけど、僕も謝っておこうと思います。  松也さんの誘いに乗ったのは、正直何かときめくものがあったわけではなくて、あなたと話していると颯真のことを忘れられたからなんです」  今更の話だから松也が怒るとは思わなかったが、傷付けるかもしれないとは思った。あなたは気晴らしに利用されただけだと、言っているも同然だった。  案の定、彼は眉尻を下げて、泣き笑いのような表情を浮かべた。 「本当に潤くんは容赦ないねえ」 「すみません。でも、それで救われた部分もありました。  どうしても、僕もあの時は受け入れることができなかったんです。だから、冷静になる時間が必要だった」  あの頃は、自分のことだけで精一杯で、松也のことを気遣っている余裕などなかった。でも、その松也に救われている部分も、最初の頃はあったのだ。 「でも、俺は君とずっと颯真くんの話をしていた気がするな」  松也の言葉に潤は頷く。 「ええ。それで気持ちが整理できて諦めがついた部分もあったというか。結局は目を背けても仕方がないんだと……」 「君を攻略するためには、颯真くんを引き合いにして親近感を持ってもらうのが一番だと思ったんだけど……」 「結果論ですが、逆効果でした」 「知らず知らずのうちに敵に塩を送っていたのか。  やっぱりオメガを口説く時に他のアルファの話を出してはダメということなんだな。肝に銘じておこう」  松也はそういって笑ったのだった。

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