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 大本堂を出ると見える五重塔の下には、露店が連なっている。一際高い大本堂からは、初詣の時期は、このあたりには露店のテントがひしめき合うように軒を連ね、多くの人々が歩いている光景が見渡せるのだが、今日はシーズンを外しているため、いくつかの露店とそれを冷やかす参拝客も少なめだ。  しかし、全くないのとわずかでもあるのとではテンションが違う。潤は嬉しくなり、大本堂の石階段を軽い足取りで降りた。 「露店ってこの時期にも出てるんだね!」  見てみようよ、と後ろに続く颯真を見上げる。  すると、彼は今来た大本堂の方を振り返り、何かに視線を走らせていた。 「颯真?」  潤が呼びかけると、颯真が振り返り少し考えるような表情。 「んー。なんか、誰かに見られてた感じがして」  自分は感じなかったと、潤は首を傾げる。 「そうなの? 知り合いでもいたのかなぁ」  そう言うと、颯真が頷く。 「その可能性はあるよな。ここで和泉先生に会ったことはあるし。  知り合いなら声をかけてくれてもいいんだけどな」  颯真の言い分はもっともで。 「どうなんだろうね。分からないけど話しかけにくかったのかな」  もし、知り合いがいたとしたら、話しかけにくい雰囲気を出していたかな、と潤は考える。 「僕たち、いちゃいちゃしすぎてたかな」  少し反省した。颯真とデートできるのが嬉しくて、少し浮かれていた自覚はあるのだが、自分たちはオフィシャルでは兄弟という関係性を忘れてはならないと思う。  そんな反省が颯真に伝わったのか、彼は軽やかな足取りで階段を駆け降りてきて、潤に手を差し出した。 「ほら、潤」  潤がその手を取ると、指を絡ませあう恋人繋ぎに。 「これはデートだろ。別に顰蹙買うほどにイチャイチャしてないし、俺たちは正真正銘の恋人同士で、それは変わらない」  颯真は首を横に振った。 「いや、変なこと言って悪かった。  まずは、不動堂や稲荷堂をお参りしてからな。ここから先のお目当ては露店だろ?」  颯真の言葉に、潤が苦笑した。 「なんで、分かるの?」  何年一緒にいると思ってる、と鋭い指摘。お前が興味を持つものなんて手に取るように分かるよ、と颯真は言った。 「ずっとあちらの方を気にしていたしな。  こういう雰囲気に弱いな。活気があって、浮足立ってる感じっていうの? 毎年、ここの露店を楽しそうに見てるし」  そう言われて、すべて颯真に見抜かれていたことに気づいた。  そのような活気がある空気が潤は好きだ。自分で歩いてみたくなる。あまり口に出したことはないのだが、颯真には難なく把握されていて、恥ずかしいやら嬉しいやら。  潤は颯真の言葉に頷き、不動堂や稲荷堂に手を合わせ、手早く参拝を済ませた。  露店を覗いてみると、焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、五平餅、七味唐辛子やじゃがバター、モツ煮と日本酒のお店などが並んでいる。  どれもここでしか味わえないわけではないのに、やっぱり露店で買って外で食べるのは格別で、店先に並ぶ客も多い。  各店がそれぞれが良い匂いを漂わせていることもあり、またお昼前の時間帯ということもあって、空腹を刺激され、ここで軽く食べていくことにした。 「潤、なにを食べたいんだ?」 「うーん。僕はたこ焼きがいいな」 「粉物好きだよな〜。俺も好き」 「知ってる。半分こしよう。颯真はなにがいい?」 「じゃがバターがいいな」 「あつあつのジャガイモにバターを乗せるの、最高だよね」 「こういうところで食べるのがまた格別なんだよな」 「こういう露店のジャガイモって大きかったりするしね。りんご飴も好きなんだけど、ないのかな」  潤が店先を見渡すが、残念ながら見当たらない。 「今日は開いていないみたいだ。お、チョコバナナがあるぞ。こっちもいいんじゃないか」  颯真の早速の指摘に苦笑する。幼少期からお祭りの露店は常に一緒に冷やかしてきたのだから当然だろう。 「チョコとバナナって最高の組み合わせだと思うんだよね」 「買っていくか」  ジャンクな味わいだと分かっているのに、ついつい手を出してしまう。  結局二人で、パックに無理矢理収めたソースたっぷりのたこ焼きと、大きめのカップに入ったバター多めのホクホクじゃがバター、そしてチョコバナナを購入し、境内に設置された簡易テーブルに腰掛けた。  周りはやはり同じように空腹を刺激されて露店でいろいろ買い込んだ人たちが、同じように箸をつついて食事を楽しんでいる。  中には露店で買い求めたカップ焼酎だけでなく、近くのコンビニで買ってきたと思われる缶ビールを開けている人もいる。  確かに、この晴天では初夏のような陽気。 「あは。この陽気はビール飲みたくなるよねー。あ、でも颯真は運転だからホテルまでお預けだよね」  潤はたこ焼きの蓋を留めている輪ゴムを外して、楊枝を添えて颯真を見た。 「颯真?」  潤が問いかける。颯真は辺りを見回していた。 「どうかした?」 「いや。大丈夫。はい、チョコバナナをどうぞ」  そう言われて、潤は割り箸に刺さった、チョコレートがコーティングされたバナナを受け取る。  トッピングのカラーシュガーをかけられたポップな色合いのチョコバナナを潤は頬張った。パリッとした食感のあとに続く、バナナの柔らかくて優しい甘み。  昔からの味が懐かしさを呼び起こす。 「おいしい〜」  素直に笑顔が綻ぶ。 「それはよかった」と颯真も楽しそう。  すると颯真はとんでもないことを言い出した。 「本当に俺の弟は製薬会社の社長なのかなって、時々疑わしくなるね」  颯真が苦笑まじりに言う。チョコバナナを咥えながら、潤は首を傾げた。 「そんなにギャップある?」 「少なくとも、嬉しそうにそれ咥えてるとな」  颯真が頬杖をついて、少なくとも俺の中ではお前は全く変わってないけどな、と笑った。  潤も安堵する。 「ならいいや。僕も外ではキリッとしてるんだよ。森生茗子社長の息子なんて、今ではもうほとんどないけど、最初は完全に七光りだったからね」  入社したての頃は特にそうだったなと思い返す。入社後に初めて配属された営業所の先輩なんて露骨にそのような態度だった。あの頃の潤は、親の七光りを跳ね返すほどの実力を見せる必要があると、常に思っていた。 「へえ?」  潤がこのような話をするのは珍しい。颯真が楽しそうにその先を促した。 「営業だった最初の二年はキツかったなあ。あの頃はずっと戦闘体勢だった気がする。どこに行ってもそう言われるんだもん。仕方がないけど」  入社して二年間は、営業所に配属されMRとして活動していた。森生社長の息子、将来の社長という厄介な身分を背負いつつ、常に注目されながら成績を残していくのは、潤にとって自分がオメガであることを忘れかけるほどの壮絶な経験だった。  当時は横浜の実家を出て、一人暮らしをしていた。ワンルームマンションの一室を借りていて、心配した颯真がよくやってくるから少し手狭に感じ始めていた頃だ。  それも、二年目で全国売上トップの成績を納め、社内表彰で年間MVPという目に見える成果を出し始めて、周りの反応も少しずつ落ち着き始めた。 「お前がそうやって実力でねじ伏せて黙らせていく方法を取ったのは意外だよな」   潤は苦笑する。 「僕だって、こんな好戦的なことしたのは新人の頃くらいだよ。それが必要だったからであって、今やったらパワハラだ」  それでも、親の七光りという声が消えたのは、そんなに昔ではなかったはずだ。 「でもさ、茗子社長の七光りの威光、なんて露骨に言ってくる人ならまだいいんだ」  潤がそう言う。 「厄介なのは何も言わずに黙って見てる人ね。そういう人って、僕が将来的に自分の上司として相応しいかを、何も言わずに品定めするんた。黙って観察してね。使える上司になるかそうでないか。正直、あの目はキツかったな」  それは営業の後に配属された経営企画部やマーケティング部で露骨に感じた。  海外勤務から帰ってきて、取締役マーケティング部長に就任した時などは、あの視線にストレスを感じて体調を崩したほどだ。 「だから、ドイツにいたときは楽しかったよ。もちろん行く前に母さんからはプレッシャーをかけられたし、本社からの圧もすごかったけど、基本的に毎日が自由で楽しかった」  その時も、フェロモンをコントロールできないほどに身体にストレスがかかっていたことを颯真は知っているだけに、わずかに複雑な表情を見せた。  潤が食べ終わったチョコバナナの割り箸をゴミ袋に入れた。 「楽な仕事をしているとは思ってなかったけど、そんなキツいことをしていたんだな」 「想像はしていたから、特段キツイとは思わなかったけどね。そういう時期なんだよなって思ってただけ」  颯真は、これまでの潤の苦労を労うように優しく微笑んだ。 「案外お前はメンタル強いもんな」  その言葉に、潤は首をかしげる。 「僕はそんなに強いと思ったことなかったんだけど、この間尚紀にも同じようなことを言われたなあ」  それは大さん橋での出来事だ。 「お前はその歳で社長してるんだから、そりゃそうだろ。尚紀が言ってることは正論だ」  颯真は楊枝を手に取り、まだ手付かずのたこ焼きを一つ刺す。 「ほら、いい加減たこ焼きが冷めるぞ。口をこちらによこせ」 「え」  そう潤が反応した隙に、颯真が潤の口元にたこ焼きを寄せ、中に入れ込んだ。  不意に口の中に入ってきたたこ焼きから、ソースの濃厚な味わいと青のりの香りが広がる。程よく冷めて、カリッとした表面からとろっとした中身がでてきて、その中からプリッとしたたこも。 「おいしい」  ハフハフ言いながら、顔が綻ぶ潤を見て、颯真も嬉しそうに自分の口にも放り込んだ。 「うん、うまいな」  颯真は潤の口にたこ焼きを運び、二人でおいしいねと美味しさを共有する。  昔話をしながら、そんな時間を過ごすのも悪くないなと、二人で笑い合ったのだった。

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