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川崎大師で参拝を済ませ、露店を楽しみ、再び車に乗り込んで、鎌倉に向かう。
時刻は昼過ぎ。
別に急ぐ道のりでもないしな、と颯真は久しぶりのドライブを楽しんでいる様子で、有料道路を使う最短ルートよりも、ベイブリッジを渡る、湾岸沿いのルートを選択した。
潤にとっても颯真の運転を見ていて飽きることはないので、特に問題もない。
二人で他愛のない話をしながら、途中で実家の近所の老舗洋菓子店に寄り、ラムケーキを買って鎌倉に向かうことにした。
チョコレートがコーティングされたラムケーキは、潤も颯真も好物なのだが、何より瑤子の好物なのだ。ここしばらく、多忙を極めていて、茗子に会うのはもちろん、横浜に遊びにくることもままならないと話していたので、潤の提案で瑤子の好物を手土産にすることにした。
今夜、時間を見つけて会いに行くと颯真に話していたらしいので、会えるのを楽しみにしている。
桜の時期が終わったとはいえ、行楽シーズンの鎌倉はさすがに人が多いだろうというのが颯真の見立て。
だからあえて、鎌倉の中心部には近寄らず、そのまま奥鎌倉に向かった。普段はあまり見かけない、奥鎌倉に向かう途中の小道でも観光客も見かけるため、颯真の予想は当たっていそうだ。
「今日は由比ヶ浜とか気持ちよさそうな陽気だけど、人が多そうだね」
少し名残惜しい気分で潤がそう呟くと、颯真が苦笑する。
「目の前の国道はすごい渋滞だと思うぞ」
潤も素直に頷いた。
「だよね。途中で引き返すのも面倒になるくらい混んでそう」
「あの江ノ島までの渋滞はどうにかならないかなあ。いつも混んでるよな」
「今の時期は道に慣れないドライバーも多そうだしね。混んでいるところには近寄らず、ホテルでのんびりした方がいいね」
「大人になったな〜」
颯真が言った。潤も笑う。
「僕たち、昔だったら行ってたよね!」
颯真が運転免許証を手にした初めての夏休み。潤は高校三年生で受験生だったが、よく二人でドライブをした。颯真が気晴らしにどうだと潤をよく誘ったのだ。
その時、鎌倉の由比ヶ浜で国道の渋滞に巻き込まれたことがあった。
当初は江ノ島まで足を伸ばす予定だったのだが、ここで渋滞に巻き込まれたことでタイムアップとなってしまった。あの目的地を目前にしたUターンの悔しさといったらなかった。
「そういえば、高校の卒業旅行は伊勢まで車で行ったよな」
颯真の言葉に、潤も十年以上前の思い出が蘇る。
「なんか特別な旅行だったよね」
高校の卒業旅行は、人生一度は伊勢詣をしたいという江上の強い希望により、伊勢神宮となった。メンバーは潤と江上と、高校はすでに卒業していたにも関わらずなぜか便乗した颯真の三人。
颯真と江上はすでに運転免許を取得していたので、二人の運転で自宅から伊勢まで車で向かった。
行きはフェリーを使ってのんびりと。途中のサービスエリアで食べたラーメンやソフトクリームはどれも美味しくて。そして、三人の旅はとても楽しくて、行きの車内からテンションが上がってしまい、サービスエリアですでにお土産を買っていた記憶がある。
滞在二日目は、三人で早起きをして伊勢神宮の早朝参拝のツアーに参加し、身が引き締まった。ちょうど桜の開花の時期と合ったこともあり、内宮の桜が美しく咲き誇り、その気高さに不意に涙が流れてきて、颯真と江上に慰められた。
でも、花より団子も健在で、ほおばった伊勢うどんもお土産に買った赤福も美味しかった。
「懐かしい。楽しい思い出だね」
潤も助手席で頷く。
あんなふうに三人でドライブしながら旅行をしたのは、後にも先にもあの時だけだった。
もうあんな旅はできないだろうと思う。
そんな話をしていると、瑤子が経営するオーベルジュに到着した。場所は、奥鎌倉の奥。鎌倉のハイキングコースの入り口近くに建つ、二階建ての洋館だ。
オーベルジュとは、宿泊施設付きのレストランをいう。瑤子は鎌倉を中心にいくつかのレストランやオーベルジュを展開する実業家と聞いている。この施設は、ホテルのような宿泊機能が併設されたフレンチレストランというスタイルらしい。
「森生様、お疲れ様でございました」
到着すると、ドアマンが荷物を請け負ってくれる。まるでシティホテルのような行き届いたサービスだ。
颯真はチェックインのためにフロントに案内された。潤はロビーを見渡す。天井が高く、シックで洗練された雰囲気の空間。
夕食と朝食の時間を決めて、チェックインを済ませる。
オーベルジュであると聞いていたが、よくよく話を聞くと、宿泊者はここの併設のレストランはもちろん、グループ内のレストランなど提携施設であれば利用が可能で、希望すれば送迎もしてくれるそうだ。提携施設には中華や洋食、イタリアン、和食と多岐にわたるから、選択には困らなそう。
「瑤子さん、うまいことやってるなあ」などと颯真は感心していた。
案内された客室は二階で、大きな窓から望める奥鎌倉の新緑が美しい部屋だった。
扉から部屋の中を見渡すと、ホワイトベースのシックな内装に、まず大きなダブルベッドが目に入る。そしてその奥に瑞々しいグリーンを切り取ったような緑が見える大きな窓と、バルコニー。その手前にソファーセットが置かれていた。
とにかく、窓から見える新緑がすばらしく、この場所でなければ叶わない贅沢な風景であるように潤は思った。
「すごい、素敵だね!」
思わず声も弾む。室内に入ってすぐにバスルームとトイレもあって、そこも十分な広さ。
日々の喧騒を忘れてゆっくりしてほしいというオーナーの気持ちが伝わってくる。
「この間行ったレストランでも思ったけど、本当にあの人、センスいいよな」
颯真はしきりに感心していた。
荷物を片付けてから、潤は窓際のソファーに腰掛ける。少し耳を澄ませると、外からは鳥の鳴き声が聞こえてきた。
ウグイスの春の囁きに思わず目を閉じる。
「テレビないな、ここ」
颯真がそんなことを言い出した。
そういえば、シックな室内に大きな画面はない。
「でも、外から鳥の囀りが聞こえて、こんなに静かな空気だったら、テレビは無粋かもしれないよね」
潤が頷いた。
颯真が潤の隣に座り、潤と同じように瞳を閉じて、鳥の声に耳を傾ける。
「……癒されるな」
颯真も静かに呟いた。
「潤、潤」
潤は、ソファに腰掛けたまま、颯真に肩を優しく揺すられて目を覚ます。
「……ん……」
「大丈夫か? 夕食までまだ時間があるから寝るか?」
気がつけば、ソファーに腰掛けたまま颯真が潤の身体を抱き寄せていた。暖かい……。
「ん……」
潤は頷いた。
「少し疲れたな。昨日は少し無理させたしな」
そう言って颯真が歩いて数歩のベッドに運んでくれた。靴を脱いで、ベッドスプレッドを剥ぐ余裕もなくその上に横になる。
「ふかふかできもちいー」
そう呟くと、颯真の手が潤の頬に触れた。
嬉しくなって、潤がうふふと笑みをこぼす。
「助手席で寝ていいよって言ったのに」
「んー。だって、僕が助手席で寝たらつまらないでしょう、颯真が……」
話し相手がいなくて、寂しいかなと思った。すると颯真が憮然と答える。
「何がつまんないんだよ。お前の寝顔を見ながら運転するのも悪くないぞ」
夕食の時間になったら起こすから、と颯真がベッドスプレッドを剥ごうとしたが、潤は颯真の腕を引っ張った。
「颯真も……」
「俺も?」
颯真が意外そうな表情を見せたが、それ以上は何も言わずに、潤の隣に寝転がった。
「うんうん……」
安心できる香りが近くに来て、潤は大きく吐息を漏らす。寝転がったまま、一層颯真に近づく。彼の腰に手を回した。
「一緒に寝よ」
そう言って、胸に顔を埋めた。
「今夜僕を寝かせないって言うんだから、颯真も寝られないよ……」
くぐもった声でそう主張すると、颯真は潤の背中に手を回し、後頭部を優しく撫でてくれた。
「そうだな」
そう静かに頷いて、潤が眠りに落ちるまで、優しく撫でてくれた。
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