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こんなにはっきりと颯真が決意を述べるとは思わなくて。驚いたけど、嬉しくて。
潤は、大きく息を吸い込んで深く息を吐いた。興奮を落ち着ける、そんな反応が気になったのだろうか、瑤子が潤にちらりと視線を流してきた。
「あらまぁ……、本当に颯真に愛されているのねえ、潤」
それは驚きながらも、吐息を漏らすような一言で。決意は、染み入るように彼女に伝わった様子。
潤は、颯真の勇姿に思わず惚けていたが、瑤子のそんな言葉で我に返る。
ちゃんと自分も言わなければ。
颯真にふさわしい存在であるために。
「瑤子ちゃん。僕も颯真を愛してる。心の底から真剣に。きっと困難はあるけど、一生を添い遂げたい」
この決意を瑤子にはしっかり伝えたい。
「潤……」
「ただ、僕たちの意志は父さんや母さんには思いもよらないことで、心配をかけてるとは思うんだけど、僕は今、最高に幸せなんだ」
潤は瑤子の目を見つめる。
「オメガに生まれてきて良かった、って思ってる」
その言葉に、瑤子の目がわずかに見張った。
「オメガじゃないと、僕は颯真の番になれないもんね」
いつも陽気に話しかけてくれる、伯母のような存在のこの女性は、自分が第二の性を受け入れることができずに藻搔いていた葛藤に気がついていたのだろうと思った。もちろん話したことはなかったが、鋭い勘を持つこの人が、気づかないなんて思えない。
「瑤子ちゃんの心配も僕たちは十分分かってるし、そのうえでこうして報告してる。
軽く考えることなんてしていないし、もし困難に突き当たっても、二人でそれを乗り越えていきたいと思っている」
潤は一息吐く。
「大丈夫だから、見守ってほしい」
「潤……」
「ホントのところを言うとね、父さんと母さんからはまだ覚悟が足りないと言われてる。番うことは反対だって。いろいろと話して説得している最中。
僕たちは、父さんと母さんに認めてもらえるまで番うつもりはないんだ。大切な人たちから祝福されて番い、家族を作りたいと思ってる」
和真と茗子の反応を知らせれば、彼女は板挟みになるかもしれないと懸念したのは颯真。でも瑤子は自分の意見をきちんと持っている人だ。現状を正直に話したうえで、瑤子にも祝福されて番いたいという意志を伝えたかった。
すると、瑤子が少し困ったような表情を見せた。
「潤、あんたは、わたしが二人の関係を受け入れると信じて疑わないのね」
そう言われて潤は、瑤子が表明すべきところの「容認か拒絶か」という判断をすっかり飛ばしていたことに気がついた。
「あれ、本当だ」
「もうやだわ、この子ったら」
瑤子がくすりと笑う。そこには、意見を無視されたことに対して不機嫌になるでもなく、潤の早とちりを楽しそうに笑い、無理をしている様子は窺えない。それはまんざら外れてもいなさそうな、柔らかい雰囲気で。
しかし、それは両親に話した時とは全く違っていて、瑤子が纏う空気がいつものように明るくて温かだからで……、つい潤は先走ってしまったのだ。
「なんでだろ。
瑤子ちゃんはベータだから、理解できないって、もしかしたら気持ち悪いって言われる可能性も大いにあるって思ってたんだ、確かに。でも、颯真の言葉と瑤子ちゃんの反応を見てたら、拒絶される気がしなくて……」
そんな素直な言葉に、瑤子が潤を抱き寄せた。
「もう、本当に可愛い子だわ! その天然ぶりでよく社長が務まる!」
そう言われたが、本当にその通りだ。潤も自分の拙速な勘違いに恥ずかしくなった。
交渉や説得は間合いを詰めて、慎重に、外堀を埋める作業だ。ミスして一気に飛ばしてしまってすべてが水泡に帰し、決裂することだってある。
交渉ごととしては、大きなミスだ。
「……僕、やっちゃった」
「うふふ。いいのよ! わたしたちは反応を見て条件を引き出すような間柄ではないもの。潤がそう感じてくれたらなら嬉しいわ」
瑤子の言葉は温かい。先ほどまでの静謐な空気はどこへやらだ。
「いいこと、わたしはあんたたちを応援してるわ」
瑤子がさらりと言った。
「っていうか、応援したくなる」
瑤子が笑顔を浮かべた。
「あんたたちには当然幸せになる権利がある。その条件にお互いの存在が必要であれば、躊躇いなく手を取ったらいい。それが権利だもの」
「瑤子ちゃん……」
「ただ、和真くんと茗子、そして支えてくれる人たちには誠意を見せなさい」
私が言っていることは、二人と一緒のことね、と瑤子は呟いた。
「実はね、茗子から予告をもらっていたの」
「予告?」
潤の反応に、瑤子は頷く。
「連絡が来たのよ。この間、あの子達に互いと唯一として番いたいって言われたって。いずれ瑤子のところにも行くと思うから、気持ちの準備はしておいてって」
ということは、瑤子は潤と颯真の関係を茗子の予告によって知っていたということになる。
ことの顛末が少し明らかになり、瑤子は「少し知らないふりをしていろいろ聞いていたのは許してね」と言った。
なるほど、彼女の芝居だったのだ。
「はっきり言うと、あんたたちの決意をベータがみんな受け入れられるかというと、難しいと思うの。アルファとオメガがいう番を求める本能の選択って、自分たちにないものだから理解できないのよ。持ち合わせないから憧れるし、理解できないけど憧れるのよ。
だから、自分に重ねて嫌悪感を示す人は出てくると思うわ」
茗子はだから心配してわたしに連絡をくれたの、と瑤子は言う。
「茗子は、わたしを心配しているわけではなくて、あんたたちを心配しているのよ。
わたしが下手な反応を見せないように、考える時間をわたしにくれたの。おかげでじっくり考える時間ができた」
わたしもいきなりそんなことを言われたらちょっと動揺したと思うわ、と瑤子は言った。
「その連絡をもらって、考えたのよ。
わたしが産んだわけじゃないけど、ずっと成長を見守ってきた子達だもの。幸せになってほしい。だから、こんな厳しい道を選ばせていいのかしらとも思った」
あんたの両親が迷うのも、そういう部分はあるのよ、と言い添える。
「でも、あんたたちの顔を見たら、それが吹っ飛んだわ。だって、いま本当に幸せそうだもの。
大切な人を説得して、祝福されて幸せにおなりなさい。
あんたたちは二人でいるのがしっくりくるわ」
潤が立ち上がって、瑤子を改めて抱きしめる。感謝を伝えたくて、背中をとんとんとさする。いつもは抱きしめられることが多い人だけど、この人も母茗子と同じ年齢だ。
昔は大きなおばさんだったのにと思う。
「ありがとう、瑤子ちゃん」
颯真も瑤子を抱きしめた。二人が抱擁する姿を見て、やっぱりこの人のコミュニケーションの距離はこの感じなんだな、と潤はしみじみ思う。
「……僕たちは、本当に父さんと母さんに守られてるね」
潤が、そう颯真に言うと、颯真も小さく笑った。
「そうだな」
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