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瑤子の暖かい言葉に安堵して、颯真と潤は改めて席につく。すると、瑤子が話題を変えてきた。
「話は変わるけど、あんたたちは最近、大丈夫なの?」
唐突な質問に、潤は思わず何も考えずに問い返す。
「え、どうって?」
瑤子は少し考えて、言葉を選ぶような反応を見せる。
「さっき話をしていて、ふと思い出したのよ。なんて言ったらいいのかしら……、最近、心配なニュースが多いから、大丈夫かなって」
心配なニュース。とっさに思いつくのは。
「瑤子ちゃん、心配なニュースって第二の性絡みの話?」
そう、それだと潤も思う。颯真のはっきりとした問い返しに、瑤子は頷く。
「そうそう。偶然なのかしらね、最近やたらとテレビや新聞が、アルファがオメガがベータが、って言っている感じがして。
わたしの方が拾ってしまっているのかしら。とにかく目につくの。
ちょっと前まではそんなことあまり気にならなかったんだけど」
瑤子のぼやきに、潤と颯真は無言で視線を交差させた。先ほどとは少し違う、どこか緊張感のある空気が漂う。
「……そんなに目につく?」
潤が少し気遣いながら問いかける。
潤や颯真はいわば関係者なので、新聞や雑誌ななどの報道に関して言えば増えている実感を持っている。
しかし瑤子は違って、毎日フラットな視線で報道をチェックしているのにすぎない。第二の性とは関係ない業界で事業を展開する、いわば一般人ともいえる彼女の感覚でもそのように感じるのか。
瑤子は腕を組んで考えるように視線をはずし頭を捻る。
「年が明けてからかしら。感じない?」
同意を求めるように瑤子に問いかけられて、颯真が素直に頷いた。
「確実に増えていると思う。でも、瑤子ちゃんに言われると思わなかった」
「あら、どうして」
潤が引き取る。
「だって僕は薬屋だし、颯真は専門医だから、そういう報道は気にする。でも瑤子ちゃんは違うじゃん。意識していなくても、増えてる実感があるのは……」
「ああ、そういうことね。わたしから見ても多いなっていう印象よ。
……正直、いい話であればこんなに増えないと思うのよ」
それは核心をついた指摘だ。潤が頷いた。
「本当にそれ同感。良い話はニュースにならない。基本的に彼らは火種を作ったり広げたりすることが多い」
その潤の嘆きに、思わず颯真と瑤子も笑みを浮かべる。
東都新聞社の取材から森生メディカルも酷い目にあっているのだ。
「この間、とあるNPO法人が『第二性別社会貢献度調査』っていうデータを公表したんだ。第二の性を切り口に、それぞれの社会貢献度を調べたものなんだけど、二万人規模っていう母数が結構なインパクトで。
しかも、そのデータ、マスコミ各社に自由にお使いくださいって、ご丁寧にばら撒かれたらしいんだ」
ざっくりと潤が事情を説明する。
すると瑤子も合点がいった様子。
「そういうことなのね。それは自然と露出が増えるわね」
「あと、少し前に横浜で痛ましい事件があったじゃない。立て続けに。オメガの子がアルファに暴行を受けたっていう……」
「ああ、マスコミがかなり騒いでいたわねぇ」
「そういうこともあって、今はオメガに対して風向きが良くないとは思っている」
瑤子が少し眉を顰めた。
「それ、どれだけ影響が出ているのか気になっているわ。
基本的にお客様の第二の性は分からないから、うちのスタッフには徹底してそのあたりの考え方や立ち居振る舞いを叩き込むのだけど、最近は、なんて言うのかしら……、余裕のない考え方をする子が多いのよ。マスコミの報道に煽られて、立ち位置が揺れている子。今はホテルの採用活動をしているから、実感するわ」
今やテレビや雑誌だけでなく、ネットでもオメガに厳しい目が向けられることがある。
「もう少し報道が減っていけば、おのずと落ち着いていくかなとは思ってる」
颯真の言葉に、瑤子も嘆息した。だといいわねえと頷く。
「気をつけて。……何に気をつけて、って言えばいいのかわからないけど」
心配をかけてるなあと潤は思った。
「わかってる。ありがとう。そのあたり父さんたちも言われたから」
僕たちは一般人なんだけどね、と潤は苦笑する。
「でも潤、考えてもごらんなさい。親の跡を継いだ若社長なんて、側から見れば順風満帆な人生に見えて、マスコミは叩きたいのかもしれないわ」
その瑤子の言葉に颯真も頷く。
「それは言えてる。嫉妬は怖いからな」
嫉妬か、と潤は思う。潤にとっては思いもしない視点だった。
「嫉妬なんてされる立場じゃないのに。好きな人と自由に番えない身の上なのになあ」
思わず本音も漏れる。
「そうよね。ただ、わたしからみれば、親の承諾を得てから番たいって思うあんたたちは、きちんとしていると思うわよ」
偉い偉い、と子供の頃のように瑤子に褒められる。
「和真くんと茗子が番った時のことを思い出すわ。よくもまあ、まともなことを息子に言ったわよね、和真くん」
瑤子がそう呟いたが、潤と颯真はきょとんとした。
「父さんと母さん?」
「そうよ。二人も大概なことして番ってるのにね」
父和真と母茗子が番った経緯……、よく考えてみたら潤と颯真は聞いたことがなかった。
「あら、もしかして知らないの? あんたたちの両親の話。馴れ初めから番った頃の話まで」
すると、瑤子は何かに気づいた様子で、少し人が悪そうな笑みを浮かべた。
「ふふ。結構、大胆なことをしているのよ、あの二人」
瑤子は楽しそうだ。
「詳しいことは聞いてない。恋愛結婚で、父さんが母さんにベタ惚れだったくらいしか……」
颯真がそう言うと、瑤子は楽しそうに腕を組んで、身を乗り出した。
「そっかぁ。あながち間違ってないけど、ちょっとざっくりしすぎね。普通に番ったように聞こえるわ」
「普通じゃなかったの?」
潤は驚く。しかし、瑤子はちょっと周りも驚いたわ、と答えた。
驚いた、とは。
「わたしは、あの二人を見て、アルファとオメガの本能ってそういうことなのね、って納得したのよ」
両親が番ったのは、まだ茗子は十代で、和真が大学を卒業した頃だと聞いてはいる。
早かったんだな、という感想を抱いた記憶はあるが、詳細は聞いていない。茗子の高校時代の友人である瑤子は、その顛末を知っているのだろう。
和真がベタ惚れで恋愛結婚だったというのだから、父側が猛アタックをして番い、結婚という過程を踏んだのだろうとは想像していたが。
「気になる」
潤と颯真がそう身を乗り出す。
すると、瑤子から驚く言葉が繰り出された。
「もともと和真くんと出会った頃、茗子には婚約者がいたのよー」
潤と颯真は驚き、一瞬言葉を失った。
「まじで?」
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