191 / 225
(100)
「もう、そこからが大騒ぎだったわよ〜」
瑤子の言葉は弾んでいた。
「茗子は大目玉をくらって、和真くんは茗子のお父様から殴り飛ばされたらしいしね。当然、和真くんのご両親も息子の暴走に、頭を下げて謝罪して……」
「わーお!」
潤が声を上げる。たしかにそれは大騒ぎだ。
確かによく考えてみれば仕方がないことだ。大事に大事に育ててきて、縁談までまとまっていた娘を、合意があったとはいえ突然横取りされたのだ。
「和真くんは自分のご両親からも張り飛ばされたんじゃないかしら」
瑤子はどこか楽しそうに言う。
激しすぎる、と潤は少し引き気味だ。
「まあ最終的には番にされてしまっては仕方がないと、茗子のご両親がお相手にお断りを入れて破談にし、森生家に入ることを黙認してくれたんだけど」
「黙認」なんだ、と潤は内心で突っ込んだ。
「なかったことにはできないけど、やっぱりお相手のことを考えるとね。森生家とはいっても、手放しで祝福はできないわよね」
瑤子が茗子の祖父母の気持ちを代弁する。
「お怒りだったとも思うのよ。娘のことを考えてしっかりした婚約者を探したというのもあるし」
家を巻き込む大騒動になったのよ、と瑤子。そうなるだろうなあと潤も思う。でもさあ、と瑤子が言いつつ、頬杖をついた。
「和真くん自身は、茗子のお父様に殴り飛ばされて、自分の両親からもかなりの叱責を受けたにも関わらず、どこ吹く風だったわ。
彼は、茗子と繋がれて本当に幸せだったみたい」
「父さん〜」
潤は呆れた声を出した。自分が生まれる前の話だが、自分が知る父親とは程遠い行為で、あまりに意外なエピソード。
「……父さんと母さんにそんな風に一緒になったなんて」
肩をすくめた。
それまで黙って聞いていた颯真が、口を開いた。
「でも俺はすごい分かるな。父さんの気持ち。
絶対に渡せないっていう気持ちと焦り」
潤は単純に両親の馴れ初めを、ハラハラドキドキの詰まったラブストーリーを聞くような気持ちだったが、颯真は違ったらしい。父和真の気持ちに大いに共感したようだ。その目がいかにもアルファで、潤は思わず息を詰めた。
「ははぁ、やっぱりアルファは共感するのはそこなんだ」
瑤子が吐息を漏らす。
「アルファが本当に欲しいのは自分の番だ。出会えるか否か、それだけだから、父さんがそんな手段に出たのもわかる」
アルファはすべてにおいて能力に長けており、人の上に立つ才能を生まれながらにして持つ性と言われている。才能や地位に恵まれ、社会的な活躍を期待されて制度的にも優遇されているし、望めばどのようなことも叶いそうではあるが、きっと彼らが心から求めているのは、本能が求める番の存在。出会えるか否かは分からない。その有無で大きく人生の質が変わるのだろう。
第二の性に縛られがちと思われているオメガは、今やフェロモン抑制剤の発達で、努力次第ではオメガ特有の性質を抑え、それこそ第二の性とは関係無い人生を送ることも可能だ。両親が潤に対して、ベータの女性を結婚して家庭を持つ可能性を考えていたように。
アルファはそのようなことは難しいのかもしれない、と潤は思った。もちろん、アルファとベータ、アルファとアルファのカップルもいるのだが。
「そんなふうに番を手に入れても、大騒ぎだったからしばらくは大変だったわよ」
潤の意識は、再び瑤子に引き戻される。
「茗子は黙認されて森生家に嫁いできたけど、しばらくは実家と疎遠だったもの。ご両親だって、婚約破棄をして嫁いだ娘とどう向き合うか、考えるところがあったと思うのよね」
その言葉はあまりに意外で、思わず潤と颯真は目を丸くした。
潤の記憶では、茗子の両親は森生家からほど近い家で隠居生活を送っていた。日々多忙な娘夫婦から双子の世話を託されていて、それは傍目からみると良好な関係に思えた。
「茅ヶ崎から山手に引っ越して来られたの、あんたたちが生まれてからなのよ。それまでは森生家ともかなりわだかまりがあったみたい」
瑤子によると、母茗子は和真と番ったと同時に入籍し、さらに内部進学で附属の女子大学に入学した。
大学在籍中に双子の颯真と潤を出産。卒業後はそのまま家に入り、番として家事育児に専念する、という選択肢もあったが、……というかオメガとしてはその選択が一般的だったが、茗子はそれを選ばなかった。
森生メディカルに入社した。
それを強く薦めたのが、潤と颯真の祖父であり和真の父。当時の森生メディカルの社長であった。
「もうね、和真くんのお父様……あんたたちのお祖父様が息子の嫁にメロメロだったの。お祖父様もアルファだったけど、そういう意味ではなくて茗子のセンスっていうのかな。後継者にどうしても欲しかったみたい。大学に行っている時から茗子に次期社長としての教育を施していたもの」
親子揃って茗子に惚れていたらしい。祖父の意外な面も見てしまった気分。
「だから、この話の顛末は、茗子のご両親が折れたって感じかな。番として和真くんに愛されて、後継者として彼のお父様からも期待されて、双子も生まれて。いろいろ順調に回り始めて、ようやくご両親も折れたのよ。
それで山手に引っ越してこられたの。これから忙しくなる娘をサポートしたいって。そこまでたどり着くのにおそらく五、六年はかかってるわね」
おそらく、茗子が幸せだったから、ご両親もこれでよかったと思えたんだと思うわ、と瑤子は結論づけた。
「だからさ、わたしからみれば、親の承諾を得てから番たいって思うあんたたちは、きちんとしていると思うのよ」
そういえばそういう話から、両親の馴れ初めの話に入ったのだと潤は思い出す。
そう言われてみればその通りだ!
「だねえ!」
潤も素直に同意した。
先ほど、偉い偉い、と瑤子に褒められた理由がようやく繋がった。それに加え、父和真に対し「まともなことを息子によく言ったわ」という感想にも納得。呆れ半分だったのは、若かりし父の行為を振り返ればごもっともだ。
颯真も少し呆れた顔をした。
「そう言われちゃうと、父さんたちだって結構なことやってるよな。俺が、あれだけ貶され否定された意味って……って思うよ」
すると瑤子がいう。
「結構なことをやった代償がかなりものだったと実感したと思うのね。
肉親と疎遠になることの厳しさとか。現に茗子は、ご両親に見せられなかったのよ、あんたたちが生まれた直後のめっちゃかわいい姿。妊娠したことも出産したことも、交流がなかったから言えなかった。おそらく、強引に番って後悔はないけど、そういうところに後悔があったのだと思うわ」
瑤子は聞き入る潤と颯真を交互に見据える。
「そもそもアルファとオメガの本能の繋がりなんて、あの二人だって十分すぎるほど分かっているのよ。もちろん、あんたたちが本気であることも。その上で筋を通しなさいって言っているのは、自分達に苦い後悔が残ったから、なのかもね。同じ轍を踏ませたくないのよ、きっと。」
瑤子の言葉は潤の胸にすっと入ってきた。なるほど。
「だから、あんたたちはちゃんと周囲に祝福されて、番になりなさい。それはある意味、親を越えるってことだと思うな」
わたしは応援するからと瑤子は言った。
なんと心強い言葉だろうかと潤は思う。
それは颯真も同じように感じたようで。
「……瑤子ちゃんにそんな風に言われたら、強硬手段には出れないな、潤」
そう言って冗談めかした視線を潤に流してきたので、潤も阿吽の呼吸で応える。
「だね。父さんに颯真を殴らせる訳にはいかないしね」
そう茶目っ気を込めて頷いて、あはっと笑った。
ともだちにシェアしよう!