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 自分がたとえ登壇して挨拶したとしても、通り一遍の話しかできないだろうと潤は思う。  例えば、このようなものだ。  お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。ペア・ボンド療法の結果は驚くほどに良好なものであったため、今後は注目度も増すと思います。マスコミの皆様には今後も適切な情報提供を含めご協力をお願いしたいと考えております……云々、といった感じ。  それならば、当初から治験に参加していた企業であるメルト製薬の社長のほうが、より内容が充実した、マスコミに訴える挨拶ができるだろうに。  いや、むしろ通り一遍の挨拶がいいのであれば自分が適任なのかもしれないが。  潤がそのようにぐるぐると思考を巡らしていると、長谷川は首を横に振る。 「森生社長、違いますよ。そういう意味ではないのです。  おそらく、当たり障りのない挨拶であるのならば、私のほうが適任でしょう」    長谷川は長谷川で、潤が承服し難いことを言い出した。ただね、とその言葉は続く。 「当日はマスコミが勢揃いしているはずなのでチャンスです。我々の想いを、日本列島の隅から隅まで、当事者に届けたい」  潤も頷く。  端から当たり障りのない挨拶などでやりすごすつもりはなく、何かを訴えたいと考えているのは理解した。 「こういう話は、当事者に近い年齢である方が共感を呼ぶ。つまり訴えたいオメガと年齢が近い森生社長の方がいいというわけです」  年長者の説教くさい話より、よっぽど響くと思いますよ、と長谷川は笑う。 「はあ。長谷川社長が仰りたいことは分かりました。おそらくそのような意図ならば、私の方が適任ですね」  潤も頷く。長谷川は笑みを浮かべた。 「そうです。オメガの人々に、医療環境が変わりつつあり、社会も変化が求められていることを伝えてあげてください」  潤は、同席する広報部長の香田に向き直る。 「香田さん、メトロポリタンテレビの片桐氏に連絡をとって、当日はカメラにも入ってもらいましょう」  彼は頷いた。 「承知しました。藤堂さんがこれから説明すると思いますが、こちらでもリアルタイムで動画配信を行う手筈を整えています」 「うん、いいね」  こちらで動画配信をするのであれば、マスコミもより迅速でフレッシュな状態の報道が求められる。こちらのネット中継だけでは心許ないので、その役割をメトロポリタンテレビにも担ってもらおうと思う。  このタイミングであれば生中継はネット配信が中心となるだろうが、おそらく臨床試験結果の会見を生中継で配信すること自体が異例になるだろう。  今回、片桐をはじめメトロポリタンテレビにはかなり肩入れをしてもらっているが、さすがにスムーズにはいかないかも、と潤は考えていると、同じことを香田も思ったようで。 「ただ、これから根回しするとなると、かなり直前なので嫌がられるかもしれません。番組編成もかなり前に終わっていると思いますし」  その懸念はもっともだ。 「だね。うーん。確実に嫌がられる案件だね。何か手土産を持っていったらいいかな……」  潤がそう言うと、今度は藤堂がどうします? と楽しそうに笑う。 「例えば、ですが、どうでしょう。独占インタビューのアレンジとか?」  ニュースバリューありますし、向こうも乗ると思いますよ、と藤堂がいう。潤は即頷いた。 「いいね」  藤堂のアイデアに香田も頷く。  潤は自分の独占インタビューを手土産に、片桐の元へ藤堂を行かせることにした。    彼らにとっても、普段は表舞台に出てこないアルファ・オメガ領域で存在感を示す製薬会社の社長の独占インタビューは、きっと魅力に思うだろう。  自分の露出を増やすことで手を打つことが、おそらく最も手っ取り早いと潤は判断した。 「森生社長と藤堂さんはいいコンビですねぇ」  ミーティング後、長谷川はしみじみと言った。 「すみません。こちらで話を勝手に進めてしまいまして」  潤がそのように謝罪すると、長谷川はいやいやと手を振った。 「いえ、もし手土産の件、こちらでも用意する必要があったら仰ってください。わたしも協力しましょう」  長谷川が言うと、そばに控えていた風山が承知したとのことで頷いた。  心強い援軍だ。おそらく片桐はとても喜ぶだろう。 「ありがとうございます」 「そうだ、森生社長。弊社の窓口もご紹介しておきましょう」  そう言って長谷川が視線を送り、部下の一人を手招きで呼び寄せる。  先ほど、藤堂の隣りに座っていた青年だ。年齢は、自分とほぼ同年代。  背はあまり高くはないがすらりとスマートなスタイルで、いかにも身なりに気遣うMRで、スタイリッシュなスーツを纏っている。  茶色のさらさらとした髪が爽やかな印象にも関わらず、知的で真面目そうな顔立ち。   「森生社長、弊社のメディカルアフェアーズを統括している新堂です」  長谷川の紹介に、新堂と呼ばれた青年は少し恐縮しつつ、一礼して「初めまして」と挨拶をする。  彼の声は引き締まった印象で、潤はその一言めの第一印象から好感を持った。  「メルト製薬の新堂と申します。メディカルアフェアーズと担当しております」  森生メディカルでいえば、藤堂と同じポジションだ。 「初めまして。森生メディカルの森生です」  名刺を交換する。メディカルアフェアーズチーム長という肩書き。フルネームは新堂朔耶とあった。  藤堂と同じポジションということは、以前潤が長谷川に話として聞いた、元MRの優秀なオメガ、ということか。 「ああ……貴方が」  そう思わず呟くが、その一言の真意はもちろん伝わることなく、新堂は不思議そうな表情を浮かべた。 「失礼。こちらの話です」  そう潤は誤魔化した。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ <補足です> 最後の以前、長谷川が潤に後悔として話してメルト製薬のメディカルアフェアーズ設立の背景については3章34話で回想として潤が振り返っております。復習希望のありがたやな方はぜひどうぞ! また、新堂朔耶はPRETNDに出ております。こちらは和泉と新堂のお話で、FPRBIDDENより3年ほど前という設定のお話です。

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