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その夜、颯真が帰宅して、潤は学会総会が終わった後に慰労会を開きませんかと和泉から誘われたと話すと、少し意外そうな表情をした。
それはそうだろうと、潤も思う。これまで和泉から潤へ、颯真の仲介なく直接連絡があったのは、颯真にヒート抑制剤のオーバードーズの懸念があった、あの時だけだ。
潤自身もプライベートでの付き合いは颯真を介してが通常だと思っていたので意外に思ったのだ。
潤自身が新堂に誘いをかけたせいだと知ると、苦笑した。
「お前、そんな話をしたのか」
颯真は自室のクローゼットの前。スーツを脱ぎながら、潤の話を聞いている。
ネクタイのノットに指を入れてしゅるっと解きながら、潤を見てきた。
「まあ、確かにメルト製薬の新堂さんが和泉先生の番であることを分かっていてそう言ったし。新堂さんに興味があったのは確かなんだけどね」
あんなに早く和泉に話が伝わって戻ってくるとは思ってもみなかった。
「それは、先方もお前にそう言われて嬉しかったのと、乗り気だからだろ」
新堂さんな、優秀だぞ、と颯真も言った。
「そういえば、彼の口から颯真の名前も出てきたんだよね」
社長のお兄様、なんて言葉が出てきてちょっと戸惑っちゃったよ、と潤が言った。
「新堂さんには俺も、和泉先生を介してお世話になったしなー」
新堂は誠心科医大学病院の本院を担当していたと聞いたが、横浜病院とも関係があったらしい。
「当時メルトの米本社が承認申請をしたばかりのグランスの情報をキャッチして、臨床データを見たくてさ。それで和泉先生が当時担当だった新堂さんに繋いでくれたんだ。
で、グランスのデータに触れて、ペア・ボンド療法がいけるんじゃないかって話になった。そこにいたのが、俺と和泉先生、高城先生、そして新堂さんだ」
「なるほど。本当にきっかけの人なんだ」
潤は目を見張る。
「新堂さんに、メディカルアフェアーズへの転身の理由を聞いたら、もっとペア・ボンド療法に関わりたかったって答えが返ってきたんだよね」
颯真も頷いた。
「MRの身分だと限界があるな。開発部門でも問題ないだろうけど、アルファ・オメガ領域でもこれからメディカルアフェアーズみたいな組織は必要とされるだろうな」
そして、颯真は思い出したように言った。
「森生メディカルのメディカルアフェアーズ……藤堂さんだっけ。彼も、悔しいけど優秀だな」
悔しいけど?
颯真の言葉が唐突で、潤が不思議に思って問う。
「なんで颯真が悔しがるの?」
意外な気がした。藤堂と颯真では仕事も性格もかなり違う。接点などないと思うし。
すると颯真は眉根を寄せた。
「お前が同期で仲がいいアルファってそいつだろ。廉以外で。
あいつが、お前の香りを嗅ぎ分けた、鼻が利くアルファだよな。あいつが」
いきなり颯真が悪態づいた。
ドイツにいた頃、ストレスでうまくフェロモンコントロールがきかなくて、藤堂の嗅覚に頼っていた時期がある。そんな話を、国際電話で颯真に気軽にしたところ、お前は自覚が足らなすぎると大激怒され、ドイツまで乗り込んでくる勢いだったのだ。
「あ……そんなことも……」
「ようやく思い出したか」
呆れたような声を颯真が出した。潤にとって、藤堂はオメガのコンプレックスを刺激することがない、安心して付き合える同僚だった。そもそも仕事のリズムもウマも合うのだから、一緒に仕事をして楽しい。
もちろん完全に同僚として、という意味なのだが、颯真からすればそうはいかない。自分のオメガが警戒心なく近寄るアルファ、という認識だろう。潤と藤堂、双方にそのような感情は皆無だが、だから気にするなとは言えない。
「うふふ」
そんな困惑とは裏腹に、潤の口からは思わず笑みが漏れる。颯真が眉を寄せた。
「なんだよ」
「なんでも」
颯真に余計な心配をかけているという気持ちはあるが、そういう心配は「颯真のもの」としての満足感がある。
颯真が脱いだ洗濯物のワイシャツを、潤が受け取った。自分で片付けるからいいと言われたが、潤は平気平気と言って渡さなかった。
颯真の部屋を出て、潤は早速ワイシャツに顔を埋める。クンクンと、自分の番の香りを探しては汗の香りを感じて安堵するのだ。
以前、発情期の時に颯真の香りを求めて巣を作ったことがある。そのきっかけは、颯真が着たワイシャツだった。
あれ以来、颯真が着た後のワイシャツを見かけると、あの時の安堵感を思い起こしてしまい、思わずそのワイシャツに顔を埋めてしまうのだ。颯真にはバレていないと思うのだけど……。
「おい、潤」
潤の背後に颯真がいて、潤は飛び跳ねるほどに驚く。
「ひゃっ!」
「本物がいるのに、欲しいのはそっちなのか」
複雑そうな表情で言われて背後から抱き止められた。身体が密着して、腰に手を回される。
そして首筋にキス。
「そ……颯真」
まずいよ、月曜日なのに性懲りもなくその気になっちゃうよ、と潤は振り返ると、颯真が耳元で驚くことを囁いた。
「潤。俺も報告しておきたいことがある」
颯真の口調が変わった。怖いほどに真剣だ。
「なに?」
「父さんを介して『皐月会』から呼ばれた」
その一言に潤は戸惑う。
「皐月会って……。あの?」
「そう。年一回開かれる森生一族の家長の集まりだ」
家長以外で皐月会に呼ばれることは稀なこと。
潤は颯真を見上げた。
「おそらく、俺たちの関係のことだろうな」
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