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 皐月会。年一回開かれる森生一族の家長の集まり……はそうなのだが。そこに、皐月会に招集されるなんて、稀なことだ。  颯真は、呼び出された理由を「俺たちの関係のこと」と言ったが。  そんな告白に戸惑い、ぐるぐるしていた潤に、颯真が再び声をかける。  風呂はまだだろ? 一緒に入ろう、と誘ってくる。  雰囲気はすっかりいつもの颯真に戻っている。  潤は戸惑う気分を抱えたまま、そのまま洗面室まで連れて行かれて、服を剥かれて浴室へ。明るくて温かい浴室に放り込まれて、そのままなされるがままに颯真に丁寧に身体を洗われた。そこまでくれば、温かいお湯とボディソープの香りと颯真のわずかな香りと温もりで、動揺する気持ちも幾分か落ち着いてくる。  潤もそのお返しと、潤も颯真の身体を丹念に洗った。  最近、少し話しにくい話題はこんなふうに一緒に入浴して素肌を重ねながら話すことが多くなったなと思う。こうすると心も近付いて本音で話せる気がするし、どんな話でもすぐに温もりを感じて安心する。  互いに身体を洗い合った後は、颯真に伴われて浴槽へ。颯真は潤を抱えるように密着して湯船に浸かるのが好きらしく、自分が浴槽に背を預けて潤を迎え入れる。広めとはいえ、大人が二人入ればいっぱいになるので、自然と身体は密着する。  潤は、浴槽に背を預けて両腕を掲げた颯真の胸に向かい合わせで入る。颯真が脚を開いてその中に潤が入り込んだ。颯真の胸の中で、吐息をついて安堵する。 「ここ、落ち着く……」  そう吐息が漏れるように呟くと、颯真がそれはなによりだと嬉しそう。颯真が湯の中で、潤の腰に腕を回してきた。 「皐月会の件、驚いた?」  颯真がそう苦笑した。潤も口元に笑みを浮かべた。 「あは。バレてた?」 「わからないはずないだろ」 「……だよね」  何も語らずとも察してくれる片割れは、本当に頼もしい。    皐月会は、曽祖父の代からある、森生家の意志形成の場として使用されてきた集まりだ。毎年初夏になると、各家の家長が集まり、懇親を深めながら家業や家庭内の事柄を報告し合い、親族として一つの見解が必要な場合はすり合わせをして一つの結論を出す。それが総意になる。  大きな事業を展開しているため、共通意識として持っておかねばならないことはわりとあって、情報共有の場であり重要な合意と意思決定の場であると、潤も認識している。  皐月会は代々本家の家長が主宰している。今は父和真だ。いずれは颯真に代替わりするのだろう。  潤はこの皐月会に出席したことはない。もちろん颯真もだ。  大きな影響を与えることは皐月会で相談と合意が必要であるというのは暗黙の了解事項。家長たちの合意が必要であることも。  かつて颯真が跡を継がずに医学部に進学すると宣言した時、大騒ぎになったという舞台が皐月会だった。颯真が本家の長男で跡取りで、そのわずかばかり前に第二の性がアルファであると判明し、親族一同が胸を撫で下ろし将来に安堵したためだった。  当時はまだ参加していなかった父和真と母茗子が何度も出かけていって説得を繰り返し、颯真の進路は認められたのを覚えている。  以来、潤にとって皐月会は近寄り難さを感じる組織だ。幸い議論の俎上に上がるような問題も起こしてこなかったから、距離をとってこれた。  それに、潤が苦手意識を感じたあの皐月会とは大きくメンバーも変わり、メールやチャットなど昔よりも連絡も密になっているので意思疎通しやすくフランクになったと聞いてはいるが……。 「まさか皐月会案件だなんて、思わなくて」  潤の言い訳じみたひとことに、颯真は頷いた。 「詰まるところ番うだけの話なのになあ。本来は結婚の許可を皐月会から得る必要はないだろうけど」  潤は頷いた。父が親族には理解してもらう必要があると言っていたが、まさかここで俎上に載せられるとは、だ。 「まあ、皐月会の合意は一族の総意だ。そこで認められれば一気に話は進む。手っ取り早くていいだろ」  颯真はそう言った。潤はアルファの思い切りの良さに少し気持ちが軽くなり、くすくすと笑った。 「颯真は強いなあ」  すると颯真がにやりと笑う。 「今の皐月会は父さんをはじめ、全員が番持ちのアルファだ。アルファなら、番の本能も理解しやすい。説得しやすいと思う」  颯真は、案外冷静に計算していた。 「それに、俺の進路で揉めた頃よりはだいぶ頭が柔らかい人たちが中心メンバーだし、俺はあまり心配はしていない」と颯真は言った。 「皐月会の俎上にあげられたのは、父さんが腹を括ったからだ」  颯真は言う。  確かに、と潤も頷く。密着する颯真の胸が動き、大きく深呼吸したのがわかる。 「……そうだね」  おそらく父和真は腹を括りメンバーに根回しをしてから、当事者を招聘したのだろうから。  颯真は知らぬふりをしていたが、廉からそのような話は少し聞いていたという。アルファ同士の内緒話かと潤は聞いて思ったが、颯真はそんな本音を察したのか苦笑した。 「廉の親父さんもお兄さんも皐月会のメンバーだから。本家の双子の話を当然廉は聞かれたらしくて……」  なるほどと潤は頷いた。江上の親からすれば、息子に真偽を質したほうが早いだろう。となれば、江上から颯真への情報はダイレクトだ。  一体どんな話になるのだろう。 「大丈夫だから、ちょっと行ってくる」  颯真がそう言って潤は驚く。 「え、颯真一人?」  顔を上げると、颯真が意外そう。 「お前まで来ることないよ」 「そんなことないよ。これは二人の問題だ。僕も行く」  潤がそう言い切ると、颯真は首を掻いた。 「無理することないぞ?」 「無理じゃないよ。平気」  颯真は優しい。皐月会から呼ばれたというだけで動揺していた潤を気遣って、わざわざ釈明のために足を運んでしんどい思いなどする必要はないと思ったのだろう。  颯真と和真の帰りをゆっくり待っていればいいと。  しかし、潤は首を横に振った。 「平気だよ。僕たちのことだもん。一緒に行くから父さんにそう伝えて?」  そう潤が言うと、颯真も頷いた。 「わかった。お前がいるなら心強いよ」  そう言って、颯真は潤の首筋にキスをした。 「平日だけど、少しだけ。いい?」  艶めいた問いかけに、潤も気持ちが潤んで頷いた。 「廉に怒られない程度にしてよ?」  颯真は胸にもたれかかる潤を満足そう抱き、囁いた。 「それはお前次第」

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