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「皐月会の皆様にはお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます。今日は私と、弟の潤の今後の関係についてご説明申し上げてご理解をいただきたいと思い、お時間を頂きました」  颯真はいきなり切り込んだ。 「私は、いずれ潤と番いたいと考えていてます」  室内がしんと沈んだ気が、潤はした。こんなに明るく広い部屋にいるのに、空気が重い気がするが、それは自分の考えすぎだろうか。  思わず潤は自分たちを囲むアルファに素早く視線を流した。  あからさまに渋い顔をしているのは和臣。  あとは表情が読めない。  そこで潤は気がつく。このように観察しているのは相手にも伝わるだろうし、それが落ち着かない態度といった判断につながるかもしれない。  相手の反応も気になるが、潤は気持ちを引き締めた。  口を開いたのは和臣。 「それは和真から聞いた。  正直、番うと言ってもだな……。お前たちは兄弟だ。そんなことはあり得ない、というのが世間の一般的な認識だというのはわかるよな」  颯真は静かに頷く。 「それは重々承知しています」  颯真は落ち着いている。以前、父和真に指摘された時は感情を露わにしていたが、あの時よりも場数を踏んで否定されることに慣れたのか、それとも受け入れてくれた人の分だけ強くなったのか。 「和真、やっぱり双子をずっと一緒に居させすぎたんじゃないか?」  和臣がそう従弟の和真に言った。 「昔から思っていたが、颯真と潤は昔からずっと一緒だっただろう。まあ、お前さんも茗子さんも仕事で忙しい人だから仕方がなかったのだろうけどさ。  今だって一緒に住んでいるんだろう。双子だからといったって、普通の男兄弟からみたらべったりじゃないか?」  和臣の言い方は、どこか両親の育て方を責めているように聞こえて、潤は思わず口を開きかけた。それを、靴先をコツンと当てることで止めたのは、隣にいる颯真だ。潤は吐きかけた言葉を飲む。  そしてその代わりに颯真。 「今は互いに利便性が高いので一緒に住んでいます。家賃も折半できますし。それでも潤が社会人になって一人暮らしを始めたり、ドイツに赴任していた時期を含めて離れていた時間もある。  そもそも進路は高校進学時から別ですし、二十四時間べったり一緒にいたわけではないですね」  穏やかに、でもしっかり反論。 「ただ、私は自分で性を自覚した頃から弟の潤が自分の番であると確信を持っていました。互いの第二の性が判明する前からです。大きなショックを受けましたし、そんな自分の感情が普通ではないことも自覚していたので苦悩もしました。  どうして弟を相手にそのようなことを考えられるのだと。自分の異常性を嫌悪したことも少なくない。  俺たちは、兄弟で互いを求めるのはインセストタブーであると心得ています。でも、本能の声を無視できない」  ここにいる皐月会の面々は重々承知だろうが、颯真は幼い頃から聡明だった。その聡明な颯真が、幼い頃から胸にそのような葛藤を抱いていたこと自体が、衝撃的なのではないだろうか。  颯真の告白に、和臣が頷く。 「お前達が自分の異常性を理解しているのはわかった」  颯真は同じ轍を踏まない、と潤は思う。 「以前、両親に番うことを話した時は、どうして祝福されると思っているのだ、と、覚悟が足らないと言われました。おそらく、批判にさらされる覚悟が足らないと言う意味なのでしょう」  だから、批難は甘んじて受けるということなのか。 「潤に気持ちを受け止めてもらえて、長年の葛藤が報われたような気になって、少し舞い上がっていました」  舞い上がっていたのは彼だけではない。長くて暗くて孤独なトンネルを経て、颯真を受け入れた潤もまた舞い上がっていた。あれからまだ三ヶ月。 「本音としては、すぐに番いたい。だから、両親にもすぐに報告し、許可を得ようとしました。しかし、結果は先ほど申し上げた通りで、覚悟がたらないと言われた。  その通りでした。だからこそ、俺も潤も、皆様からの了解は必須であると考えています」 「理解してほしいということか」  和臣の問いかけに、颯真は素直に頷く。 「そうですね。俺たちの関係は、全ての人達が何の抵抗もなく受け入れてくれるものではありません。だから、理解してもらう努力を怠り、身近な人たちに拒絶されることは耐え難い。言葉を尽くして、理解……黙認してもらえるよう努力をするつもりです」 「黙認というところが現実的な考えだね」と侑がいう。  そうかもしれないと潤も思った。 「皐月会として、その黙認さえ、耐え難いとなったら?」  和臣が厳しい表情でそう指摘する。  颯真は、少し考えてから口を開く。 「きちんと説明して、納得してもらい、祝福されて番うというのが大前提なので、またお時間をいただいて……なんなら個別でもお話する機会をいただけるのであれば……。  とはいえ、自分も潤も今年三十になります。タイムリミットはあると考えています」  颯真がそのように切り込んだ。と同時に、和臣も同じだけ踏み込む。 「ならば、どのくらいなら待つつもりなの」  それは悪意がある質問だと潤は思う。視線を上げる。  颯真はそんな質問にも真摯に答える。 「わかりません。納得いただけないのは自分たちの力不足であるとも考えています。  でも、タイムリミットがあることも、ご理解いただきたい」 「となると?」  和臣は煽るような言葉を重ねる。  すると颯真は、端的に言い切った。 「いざという時には全てを捨てる覚悟もあるということです。  潤にはそれも伝えてあります」

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