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精悍で端正な従伯父の顔が、潤に向けられた。
「……どうするとは」
和臣の言葉に、潤は落ち着いて反応する。ピリッとした空気に戻っていると感じた。
ソファに座った和臣は脚を組む。
「もし、二人が番うということを、『周り』が許さなかった場合だ。
周りといっても、俺たちじゃない。例えば、お前の部下や取引先、ひいては森生メディカルの薬を使う医療関係者や患者。
この会社の社長は双子の兄と番うなんて言い出す異端者だ。そんなおぞましい人間が率いている会社の薬を使うのは正直穢らわしい……。
そんな論調が出ないとも限らない。そしたら、お前はどうする?」
不意に潤の脳裏に、同期の樋口や霧島、そして飯田や大西の姿が浮かんでは消えた。
「お前は自分の会社をどうやって守る?」
和臣はそう潤に問いかける。
かつて、その問いかけを父和真からもされた。その時、潤はなんと答えたか。
「以前、僕は父さんから同じ問いかけをされて。僕達の関係が、会社に悪影響を与えることになれば、僕は辞めると答えました」
潤は和真に視線を向けると、彼は頷いた。
「ああ、そうだな。そう聞いた」
「僕にとって颯真は失えない。なにがあっても。どちらかを取れ、というのであれば颯真を僕は取ります」
潤はまっすぐに和臣を見た。
「とはいえ、僕にとって仕事……前社長から託された森生メディカルの事業を押し進め、医療に貢献し、会社を大きく発展させることも大事で……使命だと思っています。
第一、颯真が僕の人生は全てにおいて前向きで満たされたものであって欲しいと願い、努力してくれているのに、僕自身が簡単に捨て去れるわけがない」
潤の言葉に、一堂がふむふむと軽く頷いた。
「まずは理解してもらう努力をしたいと。先ほども言いましたが、とくにベータの人たちは、この関係をまず許容できるか否か、だと思う。
プライベートでも仕事でも、この関係を受け入れてくれる人には感謝をしたい。
もしかしたら大多数から嫌悪感を持たれて拒絶されるかもしれない。それは受け止める覚悟があります。難しければ、黙認やスルーでも問題はない。お互いにストレスがない、良い距離感を探りたいと思っています」
その上で考えると、と潤は言葉をつなげた。
「会社の事業としては、この一点だけですぐに大きな影響を受けるとは思えないと考えています。皆様もご承知だと思いますが、森生メディカルの事業は代替がきかないからです。代わりの抑制剤、誘発剤なんてすぐさまあるわけではないし、保険医療制度の枠内で展開している事業に対し、現実的に即切り替えは難しい、薬剤の採用不採用のジャッジは院内の多くの人々の同意が必要、といった理由からすぐさま立ち行かなくなる可能性は低い」
潤が、一つ一つを挙げると、隣の颯真も深く無言で頷いていた。
「ただ、将来的に影響がないとは限らないし、現状でも全くの無影響ではない。僕は足掻きたいと思います。その過程で、自分が退くことで会社が持ち直すというのであれば辞めようと思います」
辞めろと言う人たちは出てくるかもしれない。ただ、やるだけやって辞めるしか手立てがない最後の手段にしたいと潤は考えている。
「まあ、実際に潤くんが辞めたとして、その問題が完全に無かったことになるわけではないでしょうしね」
そう反応したのは江上の兄の樹。
「逃げた、と思われるもの癪ですが」
潤の返事に、樹は苦笑した。
「そういう人はそう言いたいのだと思うね。ケチを付けたいのだろうから」
潤は頷く。
「ですよね。だから僕は簡単には辞めません」
樹も楽しそうに頷いた。潤の反応を面白がっている様子だ。
「ふふふ」
そう笑ったのは、これまであまりやり取りに口を挟まず、静観してきた亘理。江上の父だ。
「おもしろい。潤くんは強かで、やっぱりいいね」
江上の父にそのように評価をしてもらえて潤は嬉しい。彼は森生メディカルの子会社の社長で、ビジネス上では上司と部下の関係となるが、長く森生メディカルの基盤を支える会社を率いてもらっており、この人物にも潤は頭が上がらない。それどころか、以前から江上の父の器の大きさを知っているし、感謝もしているため、褒められると単純に嬉しい。
「和臣君もそれくらいでいいんじゃないかな」
亘理はそう嗜める。
「潤君も颯真君もかなり踏み込んで話してくれたし、私は二人の……特に颯真君の苦しみはよくわかったよ」
「亘理さん」
和臣が、僅かに頷いて口を噤む。
「亘理さんがそう仰るならば」
皐月会の関係性を潤も読めた。ここでは最年長の亘理が存在と発言に一目置かれているようだった。
亘理と和臣のやり取りに、侑も頷く。
「そうだね。俺は和真の一任でいいと思うな」
「兄弟で番うか否かについては、俺は本人たちが一朝一夕の思いつきで希望しているわけではないというのは分かったし。お前たちの苦しみも少しは理解したつもりだよ」
侑の言葉は優しいものだった。
颯真がほっと吐息をついた気配を、潤はとなりで感じた。
「もう俺たちが、おいおいちょっと待て、冷静になれよ、と嗜める感じではなさそうだ」
何しろ颯真の覚悟がつきすぎている、と侑は言った。
その救済のような言葉を聞いて、潤は何より安堵した。颯真の長年の苦しみを理解してくれて、許してくれている。
「俺たちがどう言ったって、颯真が発情期に潤の項を噛んでしまえば番契約は成立する。だけど二人はそうはしなかった。
理解を得たい、理解したいと、互いが歩み寄れるところで手を打っておいた方がいい」
侑の言葉は現実を見据えたものだった。亘理も頷く。
「そうだね。侑君の意見は的確だと思う」
二人の言葉に、和臣も頷いた。
「まあそうだな。侑がそういうのであれば……」
そう言って和臣は和真に視線を向けてから、潤と颯真を見て、頷いたのだった。
「番うタイミングについては、きちんと和真や茗子さんと話し合えよ」
その目はいつもの従伯父のもので、潤と颯真はようやく取り付けた了解に安堵と労いの気持ちをこめて、視線を交差させたのだった。
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