209 / 225

(118)

 窯から出したての熱々のピッツァは瞬く間に消えてしまい、追加を頼もうという話になった。  チーズが美味しかったので今度は四種のチーズのピッツァと、きのこやソーセージが乗ったトマトソースのピッツァを選ぶ。  頼んでさほど経たずに提供される。そのスピーディーさは素晴らしいし、なにより熱々を提供したいという意気込みを感じる。  店内のピッツァ窯の前ではTシャツ姿の店主が常に窯と向き合っていて、その情熱を潤も感じた。  店内は気さくな定食屋のような雰囲気で、休日の昼間ということもあって、かなり活気もある。  店選びは直感と言い放つアルファ二人の感覚が、潤にも少しだけ分かった気がした。  「そういえば……」  颯真と廉、潤の話をニコニコと聞いていた尚紀が、思い出したように声を出した。 「なに?」 「僕、もしかしたら、潤さんと颯真先生と四人でご飯をするのは初めてかもしれないです」  そうだっけ、と潤は驚く。  言われてみれば、先日駅前のドーナツショップに並んだ後に、家でお茶をした時に、潤と颯真が揃っているところに遭遇したのは初めてだと言っていた。  となれば、そうなのかもしれない。  尚紀とは二人でランチをしたり、江上と三人でディナーをしたりしたが、四人で揃って食事をするのは初めてなのだ。 「意外だね。尚紀とはいろいろな経験を一緒にしているから、そんな感覚がなかったよ」 「潤さんには僕の手料理も食べてもらいましたしね」  そこに颯真が口を挟む。 「それなー。ちょっと羨ましかった。俺も尚紀の手料理は気になる」  颯真のそんな言葉に、尚紀が今度は焦る。 「えっ! 僕の料理なんかより、颯真先生の方がずっとお上手だと思いますけど……」  その言葉に、即座に首を横に振ったのは潤だ。 「そんなことないよ。尚紀の料理はとてもおいしかった」  颯真と甲乙つけ難い、と言い添える。 「こういう感じで、潤から自慢されたしな」  颯真が苦笑した。  尚紀は傍目にも分かるくらいに照れて、はにかんだ笑みを浮かべる。 「えぇ〜、颯真先生に食べていただくのは少し恥ずかしいですけど、僕の料理でよかったらいつでも」  代わりにイカの塩辛の作り方を教えてください、と尚紀は言った。以前、颯真がイカの塩辛を手作りするタイプで、結構美味しいという話をしたためだ。  四人で囲む食卓は、料理が美味しくて、ひたすら楽しい。 「皐月会から了解が取れたとはいえ、結構な追求を受けたって聞いたぞ」  潤と尚紀がピッツァに夢中になっていると、江上が颯真に話しかけている。  おそらく彼の兄である樹からの情報だろう。 「和臣さんがかなり厳しかったって」  颯真はヒールを飲んでから、頷いた。 「そうだな。でも、あの人はああいう役回りを買って出たんだろうなって思う」  颯真の分析に潤も頷いた。 「侑さんもね。にっこり笑って切り込んできてたけどね」  主にあの二人が聞きにくいことを率先して問い質し、潤と颯真の本音を引き出した。  すると尚紀が不安げな表情を見せる。 「潤さんたち、大丈夫でした?」  心配そうな表情を見せる尚紀に、潤は笑って返す。 「大丈夫だよ。まあ……身内だしね」  無事に終わった皐月会ではあるが、潤の感覚としてはわずかな違和感もあった。こちらとしては追求されるのではないかと思っていたことに触れられなかったような感じがしている。 「でもさ、お前らもようやく番えるわけじゃん」  江上の言葉に潤の注意が向いた。 「いつ番うの? 実際」  颯真の視線が潤にも向けられた。潤は首を傾げた。 「いつだろうね。要相談かな」 「これから実家で相談することになると思うけど、俺としては次の発情期、とかだと嬉しい」    潤の次の発情期は、六月の終わりだ。約二ヶ月先になる。  颯真と気持ちが繋がるまで、潤は抑制剤で発情期を完璧に抑えるという選択をしてきた。  前回の発情期は、年明けからしばらく抑制剤を服用していなかったため、完全に抑えることが難しく、颯真と一緒に過ごす選択をした。  今回は潤自身が颯真と一緒に発情期を過ごしたいと望み、颯真もそれを承知して、完全に発情期を抑えることを前提としないフェロモンコントロールをしている。  だから、このような具体的な日程が出てくると、潤もいよいよなのだなと思ってしまう。 「楽しみですね!」  尚紀が潤の手を取った。 「潤さんと颯真先生が番になるの、僕、自分のことのように嬉しいです」  尚紀の目がきらきらと輝いている。心から祝福してくれているのが見て取れて、潤の胸に込み上げるものあった。  思わず、そのまま尚紀を抱き寄せた。 「え、潤さん?」 「……尚紀が、僕の背中を押してくれたからだよ。本当にありがとうね」  その潤の感謝の気持ちは尚紀に伝わったようで、彼は背中を優しくさすってくれた。 「で、番ったらどうするんだ? なんらかの報告はするんだろ?」  江上の言葉に、潤はそこまで考えていなかったと気付いた。  颯真もそれは同じようで。 「あまり考えてなかったけど、きちんと報告した方がいいよな。普通は必要ないと思うんだけど……」 「そりゃ、皐月会を動かしたしな」  江上は苦笑気味にそう言う。 「結婚式とか、挙げるのはどうだろう?」  江上のその提案は潤は驚いた。  結婚式? 「僕たちは、夫夫にはなれないんだよ」 「別に法律上、夫夫になるならないで、結婚式を挙げるか挙げないか、なんて決める法律はないぞ」  江上の言葉はその通りなのだが。 「ああ、それはアリだな」  びっくりする潤をよそに颯真は頷いた。

ともだちにシェアしよう!