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結婚式。
江上のそんな案に、颯真が乗り気であることに潤は驚いた。
「え。本気?」
何が一体どう「アリ」なのか。
すると、颯真が説明をしてくれた。
「結婚式は一度挙げれば全て片付く。招待しておけば挨拶に来たとか来ないとか、ねちねち言わることもないし、その反応で相手が今後どのような距離感を望んでいるのかも分かるかもしれないしな」
なるほど、と潤も考えを改める。そういう意味でも結婚式はアリかもしれない。普通の番ではないのだから、それくらい打算的でもいいのかもしれない。
出席してくれて祝福してくれる人たちには、心からの感謝を。距離を取りたいと思っている人々には、互いに苦しくない関係性を探るためには都合がよい。
だろ、と江上も頷く。
「いっそのことお前らの実家はデカいんだから、実家でやっちゃえよ」
続いて繰り出された大胆なアイデアに、潤も颯真も、今度はそれはアリかも、と素直に頷いた。
「ええ、潤さんのお家はそんなに大きいんですか?」
尚紀が驚いた声を上げるが、そうなのだ。潤は素直に頷いた。
「うちはねえ、四人で暮らすには広い家なんだよね」
潤と颯真の実家は横浜の山手にあるが、もともと大正期から昭和にかけて建築された洋館だ。当初は外国人の貿易商が住んでいたらしいが、それが森生家に渡ったのが戦後。双子の曾祖父が手に入れ、以降森生家の本家となった。
敷地も広く、数百坪の敷地には大きな庭と地下一階、地上二階建ての邸宅がある。一階には家族が日常生活を送るダイニングルームや数十人が収容可能な大きなリビングルームがあったりする。
潤や颯真の部屋は二階にあり、すごく広いわけではないが、築百年近い洋館は趣があって、潤は実家が好きだ。
現在は、潤も颯真も家を出てしまっているので、広い家には母の茗子と父和真、そして通いの家政婦がいるだけで、少し寂しげだ。
そこで結婚式をするというアイデアだ。
これまで考えたこともなかったが、子供の頃から住んでいる家が式場になるという大胆なアイデアにすっかり夢中になった。
「実家で内々に結婚式を挙げたいといえば、最低限の身内に留めたいという言い訳も立つし、いいな」
「そんなに大きなお家なんですか!」
尚紀も興奮した。潤も苦笑する。
「ちょっと驚くかも。今度遊びにおいで」
潤はそう誘った。尚紀もぜひ、行きたいです! と嬉しそうに答える。
「季節が良かったら庭で式を挙げてもいいかもね〜」
潤のアイデアに颯真も頷く。
「母さんが喜びそうだ」
「母さんもだけど、瑤子さんが食いつきそう」
潤の苦笑に颯真も頷いた。
「かも。レストランを経営してるから、そのあたり詳しそうだよな」
「今度、実家に帰ったときに相談してみようか」
颯真も頷いた。
「番う時期と一緒に話してみよう」
「楽しみですね!」
尚紀がにっこり笑う。
「でも、新郎新婦が両方男だし、華やかさには欠けるかもね」
ウエディングドレスの華やかさには敵わない気がする、と潤がいう。
「そんなことないですよ!」
尚紀が否定する。江上も頷く。
「今は、男性同士のアルファとオメガの番が結婚式を挙げるのは珍しい話じゃないし」
颯真がニヤニヤと笑みを浮かべた。
「なんなら、お前がドレス着る?」
「着ないよ!」
「俺は潤に真っ白なタキシードを着せたいよ」
「颯真先生、それすごく素敵だと思います!」
間髪入れずに同意したのは尚紀。
「え、色指定なの?」
驚く潤に、尚紀は頷く。
「潤さんは白いタキシード、絶対に似合うと思います」
力強い同意に、颯真も頷いた。
「俺もそう思うんだよ。いいじゃん。ウエディングドレスを着ろとは言わないけど、清楚で純真な白のタキシード」
「颯真が濃色で正装したら、対比で映えるな」
江上も頷く。
「わあ! 素敵です! 僕楽しみ」
尚紀にそのように言われてしまえば、潤も拒絶できない。曖昧に笑ってその場をおさめた。
明るい未来の話はまだまだ続く。
「新居は今のマンションになるんですか?」
尚紀の質問に、潤の視線は自然と颯真に向く。
「いいや、いずれあのマンションは引き払おうと思ってる」
颯真の言葉に尚紀はもちろん、江上も驚く。
「実家に帰るのか?」
「いいや。祖母の家が空き家になっててさ、潤と相談して、そこを修繕して二人で暮らそうと思ってる」
「おばあさんの家って」
「天野医院の隣に、母方の祖父母が暮らしていた洋館があるんだ。子供の頃に入り浸った思い出の家でさ。祖父母が亡くなって、母親が管理しているんだけど、やっぱり人が住んでいないと家が傷むから」
「そうか」
「横浜なら、潤だって通えるだろ。社用車使える立場だし」
「そうだな」
江上が気にしているのはどうやら尚紀のことのよう。多分、潤と颯真のずっと近くに住んでいたのに、引っ越す計画があると知り、少し寂しさを感じているのだろう。
潤は、少し驚いて呆然としている尚紀の背中を抱いた。
「まだ先の話だよ」
「本当ですか?」
「うん。番ってからだし、結婚式よりも後の話だもの。母さんからまず家を譲り受ける話をするところからだしね」
そう潤が言うと、尚紀は少しほっとしたような表情を見せた。
「すみません、ちょっと驚いてしまって」
そう素直に感情を見せる尚紀に、潤も愛おしさが込み上げる。
これまで徒歩数分のところに住んでいて、それゆえに、気軽に誘って、誘われて、と会うことができたというのもある。
横浜に移り住むと、突然言われて尚紀も驚き戸惑っているのだろうと潤は思った。
「近所に住んでいると気軽に会えるしね。まだしばらくは中目黒にいるから大丈夫」
そのように不安を払拭した。
「でも、横浜の方にも遊びに来てね」
そう言い添えると、尚紀は笑顔で頷く。
あの家も、いずれは尚紀にも見せたいと潤は思うのだ。
「祖母の家も二人で暮らすには少し大きめなんだ。庭もあって、昔は梅の木が植えられてた。僕たちは庭で秘密基地を作ったりして遊んだんだ」
「潤さんと颯真先生にとって思い出のおうちなんですね」
尚紀の目が優しい光を湛えている。
「そうなんだ。だから少し先の話だけど、引っ越したらこちらの家にもぜひ泊まりで遊びにおいで。ベビちゃんと一緒に」
潤がそういうと、うんうん、そうします、と尚紀が明るい表情を取り戻して頷いた。
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潤と颯真が番った後に祖父母が住んでいた洋館に移り住もうという話は3章(3)にて。颯真が提案しています。復習したいというありがたやな方はぜひどうぞ!
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