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何を言われたのか、とっさに理解できなくて、潤は瞬きを二回した。
「ようし……?」
「そうだ」
颯真に頷かれて、しばし考える。
養子。
「ね、それってどういう意味?」
潤はそう問いかけながらも、潤にはなんとなく察しがついていた。思わず身が震える。
「潤……?」
潤は思わず息を詰めた。
愕然とした。
「そうま……」
見上げた潤の視線は颯真を捉えていたものの、目の前の颯真を捉えていたわけではない。颯真の向こう、遠い将来を見ていた気がした。
「養子ってことはさ……」
口を開くが、声が上振れているのが分かる。
「僕たちの子供は望まれてないって……ことなのかな?」
「違う」
颯真が潤の目を見据えて否定する。
「そういう訳じゃない」
「じゃ、どういうわけなの」
潤は、思わず颯真の否定に被せるように食いつく。
このやり取りの間も、潤の中で嫌な感情が渦を巻くように集まりつつあった。番になることは了承してくれたのに、実子を作るなということなのか。子供は求めていないということか。
詰めて考えれば考えるほどに、不穏な気持ちに苛まれて、先程までの幸せな気分はどこかで霧散してしまった。
颯真の胸の中で、首を横に振って嫌な思考を振り切ろうとする。
颯真と望んで番って身籠り、オメガとして産む子供が、ひょっとしたら周囲からは疎まれるのかもしれないというのは、ショックだった。
潤は颯真のシャツを掴む。
「はあ……はあ」
気分が悪い。身体に空気をたくさん取り入れたくて、深呼吸するが、うまく息を吸い込めない。
ドキドキして、少し苦しくて、ショックもあって視界が潤んで、涙が頬を伝った。
「潤、大丈夫か?」
その言葉には答えられなくて、潤はその視線から顔を逸らすが、颯真は背中を優しくさする。きがつけば、颯真の香りがしている。
「落ち着いて聞いて。俺はそんなことを一言も言っていないし、和臣さんも侑さんも言っていない」
颯真に抱きしめられる。首を掻き抱き、颯真の香りを嗅ぐ。
「変な想像に惑わされないで」
大きく深呼吸を数回。ひどく落ち着く番の香りに、潤は気持ちは少しずつ癒される。
背中をトントンと優しく叩かれて、穏やかに摩られて、大丈夫だからと嗜められて、潤は少しずつ落ち着いてきた。
「大丈夫?」
しばらく潤が落ち着くのを待ってから、颯真がそう静かに問いかける。
潤は小さく頷く。
「少し顔を拭け」
そう言って、ティッシュを取って涙が流れっぱなしの目元を優しく拭ってくれた。
「いきなり刺激的なことを言われてショックだったよな、ごめん」
もう少し上手く話したかったんだけど、と颯真が言った。そう言われて、潤も首を横に振る。
「……ううん。僕が……先走った?」
「いや。子供が欲しいと言っているのに、番う前から養子を考えろなんて言われたら、ショックを受けるのは当然だ。和臣さんと侑さんだってそう考えたから、上手く伝えろって俺に言ってきたんだろう」
伝え方が悪かったと、颯真がごめんなと謝る。潤は口を結んで左右に首を振る。
そして颯真の首に齧りついた。
「俺の話の続き、聞いてくれる?」
颯真の言葉に潤は頷く。このまま聞くと、颯真の首に手を回したまま呟く。
潤はソファに上がり込み、颯真の脚の上に跨る。抱き合うような形。
「うん、それでいいよ」
颯真が潤の背中に腕を回し、優しく撫でてくれる。
「あの二人は、俺たちの子供がいらないと言ってるわけではなくて、心配してるんだよ」
心配。それはそうだろう。
「二人の心配は、本家の跡取りのことだ」
森生本家の長男と次男が番うとなれば、後継者に恵まれるチャンスは、それぞれが番を作った場合に比べれば減ることになる。
「もし、俺とお前の間に子供ができなかった場合、後継ぎをどうするか、それを考えておけと言われたんだ」
潤の脳裏に、以前の父和真の言葉が蘇る。
「お前達はこの家を継がねばならない。颯真、お前が子供をもうけなければ、その役割が潤に移るのは当然だ。そうやって家は続いてきた……」
潤は頷いた。
「番うとなると相当血が濃いからな。アルファとオメガでも妊娠が成立するかわからない。妊娠中もどんな影響が出るか……出産後もな」
颯真の言葉には潤も頷く。兄弟が番うケースなどほとんどないだろうから、子供にどんな影響が出るのかなんてわからない。
「だから二人は養子も検討しろと言ったんだ。養子を強制しているわけではないけど、真剣に考えろと。俺たちは森生家の事業を次代に繋ぐ義務があるから」
わかった? と颯真に問われて潤は頷く。
「無理に養子を迎えろとは言わないし、番った後のことはあくまでお前たちに任せるが、気楽な話ではないからしっかり考えて、二人で話し合えと言われた」
颯真にそう告げられて、子供を必要としないとか認めないとか、そういう話ではないことは理解した。リスクマネジメントの話だった。
「取り乱してごめん……」
「ちゃんと順序立てて話せばよかった。これは俺たちの役割の話だから」
潤は頷く。
「選択肢を広げて、真剣に考えないといけないことだね」
自分たちは家族を作ることを望んでいるが、家を繋いでいくこと、そして森生家の事業を継がせていくのは責任だ。
そのため様々な可能性は想定しておかねばならないし、それに応じた選択肢を用意しておく必要がある。具体的には、子供を授からなかった場合、またリスクを抱えた子供を授かった場合。
「もし子供ができなかったら、リスクを抱えていたら……。僕たちはそういうことも冷静に想定しておかないとね」
颯真から身を起こして、潤は言った。
「そうだな」
颯真も、潤の頬をやさしく撫でながら頷いた。
本音をいえば、最愛の相手と番うことと、その子を宿す幸せな未来だけを考えていたい。
だけど、自分たちは、そうはいかない。
それは自分たちのためだけでなく、この関係を受け入れてくれた人たちに対する責任でもあるということを潤は実感した。
「あの二人は本当にすごいね」
年長者二人への畏敬の言葉が漏れる。この繊細な話題をそういう切り口で颯真に話した着目点と配慮、そして気遣い。大いに学びがある。自分もあんなふうに歳を重ねたいと潤は思う。
しかし、颯真は違った感想を持ったようだ。
「いや、きちんと意図を受け止めたお前がすごいんだよ。やっぱり理性的だ。
大丈夫だ。どんなことがあっても、一緒なら乗り越えらえる」
颯真は、潤をぎゅっと抱きしめた。
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