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「森生です。おはようございます」
相手は明白なので、潤はフランクに応じる。
片桐からの連絡は最近とみに頻繁になってきていて、つい先日も話したばかりである。メトロポリタンテレビと連携することが多くなったということと、潤個人でいえば兄の颯真が片桐を信頼しているという点がある。
「森生社長、おはようございます。朝早くからすみません」
いま大丈夫でしょうか、と片桐から定形のような断りが入って、潤は苦笑した。
「片桐さんの連絡はいつもこの時間な感じがします。全く大丈夫です」
彼は職業柄、昼夜関係ない仕事をしているのだろうが、気遣って朝に連絡してくれているのだろう。
「日中に連絡しても、森生社長は捕まらなそうな気がして」
片桐は苦笑している様子。捕まらないわけではないと思うが、潤にとってどのような話題でも、ゆっくり話すことができるのは、やはりこの朝の時間だ。
「少し気になったことがあったので、お伝えだけはしておこうと思ったので……」
そんな切り出しで、片桐が話し始めたのは大学時代の同級生の話題だった。
「大学時代のゼミの同級生に、東都新聞系列の週刊誌に勤めている奴がいるんです」
東都新聞社系の週刊誌というのは、発行部数二十万部を越える、公共交通機関の広告などでも頻繁に目にする「週刊東都」という雑誌だ。片桐の同級生はそこの編集部で雑誌記者をしているという。
片桐によると、先日久しぶりに仕事で鉢合わせたその友人と情報交換を兼ねて飲む機会があったとのこと。
もともとテレビと週刊誌のため、メディアが異なれば取り扱うニュースも違うらしく、これまであまり顔を合せることはなかったらしい。
そういう経緯もあり、久しぶりに会見場で再会し意気投合した。
情報交換を兼ねた飲み会は有意義なものであったらしい。懐かしい昔話に、時折今追っかけているネタの話題、そして時事問題など、幅広く情報交換ができたそうだ。カバーし合う分野も異なっているようで、腹の探り合いもなかったという。
その飲み会がそろそろ日付を跨ごうという頃になり、二人ともいい具合に酒に飲まれていた。
「彼は、もともと酒に弱いタイプだったのですが、少し疲れていたこともあったようで、酔った勢いでいろいろな暴露話になりました。向こうは私に語ったことはほとんど覚えていないようなのですが……」
近々、面白いことが始まるから構えておけ、と忠告じみたことを言ったという。
「面白いこと……」
潤は思わず繰り返して口にした。
「東都側にとって面白いこととなると……」
片桐が言いたいその先は潤にも分かった。
「流石にわたしも一気に酔いが飛んで素面になりました。酔っ払いの戯言だから怪しいと思われるかもしれませんが、オルムがとうとか、オメガがどうとか、むにゃむにゃ言っていたので、我々からそうそう遠い話ではなさそうで」
「たしかに……」
彼らが言う「面白いこと」とは、なんだろう。
「わたしもそれが気になって、翌日に聞いてみたのですが、そこは話してはもらえませんでした」
片桐がそう言った。
潤がスマホを耳に掛けたまま、デスクの下で足を組んだ。
しばし考える。
週刊東都の記者が言う、オルムやオメガが絡んだ「面白いこと」が、潤たちにとっても面白いとは到底思えない。
警告として受け止めるべきだろう。
「ありがとうございます。何かを企んでいるのかもしれませんね。安易に情報が出てしまうところが脇の甘さを感じますが、構えておいた方が良さそうですね」
そう言うと、片桐は苦笑しながら頷いた。
「そうですね。それに社長、お気付きになりました?」
「え」
「東都系列は新聞社やテレビにやられましたが、とうとう週刊誌もですよ。グループ総出で何かをしかけてくるつもりかもしれません」
片桐の言葉に潤も頷いた。
「いやな雰囲気だ。事前に分かれば心構えもできるんですけどね」
「何か情報を得たらご連絡します」
「ぜひ、よろしくお願いします」
そのように言葉を交わして、通話を終わらせた。
潤は、スマホを半ばデスクに投げ出すように置いて、座り心地の良いチェアをくるりと回転させて、足を組み、天井を見据えた。
週刊東都。
潤が知識として持っているのはスキャンダルとスクープを売りにしている週刊誌ということ。森生メディカルは医療用医薬品を取り扱っているため、一般消費者と接点があるそのような媒体から取材の申し込みが来るケースはほとんどない。だから潤としてはあまり考えたことがなかったのだが、やはり注意するべき媒体になるのだろうと思った。
この話は、広報の香田や飯田、大西といった関係者にも伝えておいた方が良いだろう。
先月中旬、NPO法人「オルム」がアルファ、ベータ、オメガの計二万人を対象にしたアンケート調査を発表してからというもの、オメガに大してネガティブな論調が目立っているように潤は感じている。
というのも、オルムがそのデータを無料で開放したため。もともとオメガに対してネガティブな質問も散見されており、これが大々的に広がったら、数字のセンセーショナルさも相俟って、誤解が広がりかねないと懸念していたが、半月ほど経って、まさにそんな様相を呈してきていた。
数字はネット……とくにSNSなどで一人歩きし、言いたい放題となっているが、オメガの人々には基本的に反論の術がない。
もちろんネットの言論に過ぎないと言ってしまえばそれまでだが、潤の心配はそれが飛び火しないかということ。
マイナスイメージは、きっかけがあれば容易に拡散してしまう。
心配しすぎかもしれないが、アルファ・オメガ学会の直前であることもあり、些細な情報にも敏感になっているような気がしていた。
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補足です。
オルムによる、アルファ・ベータ・オメガ二万人を対象にしたアンケート調査の話は第86話にあります。復習されたいというありがたやな方はぜひどうぞ!
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