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 そんな不安を抱えながらも大型連休はやってくる。後半は土日を絡めて四連休だ。  その初日である土曜日の夜、潤と颯真は実家に顔を出すことにしていた。颯真は出勤だったが、潤が仕事が終わるタイミングで颯真の職場で落ち合い、実家に向かうことにしている。  仕事帰りの颯真はスーツ姿で、わずかに「森生先生」の時の優しくて頼りになるドクターの雰囲気が残っている。これまで何百回と見ているはずなのに、潤は改めて惚れ惚れしてしまうほどだ。  一方、潤はコットンリネンのシャツにトラウザーというラフないでたち。ゴールデンウイークの大型連休は、晴れていると初夏のような陽気なのだ。 「久しぶりに泊まりで帰っていらっしゃいな」  せっかくの連休なのだし、久しぶりに二人の好物を作りたいから、とのこと。母茗子にそのように誘われていたから、自宅で一泊するつもりだ。  潤と颯真にしてもゆっくり両親と話したいということもある。  颯真は相変わらず仕事が忙しい。日曜日は休みだが、祝日はことごとく出勤というシフト。    颯真の仕事が終わった午後七時すぎに、彼の車で潤は横浜・山手の自宅に帰った。  ポーチで潤が降り、颯真はそのまま車をガレージに入れる。颯真によると、和真の車もすでにあるため、両親は揃っているようだ。 「実家なのに、少し緊張するね」  そう苦笑すると、颯真は何も言わずに、潤の背中をさすってから少し押してくれた。 「今日は楽しい話になるといいな」  そう言われて、潤も頷いた。  家に入ると、早速美味しそうな香りが漂ってくる。 「ただいまぁ!」  潤がそう言うと、キッチンから母茗子のおかえり~! という明るい声が聞こえ、しばらくしてから彼女が姿を見せた。やっぱり昼から料理を仕込んでいたらしい。  潤と颯真は無言で目を合わせた。そのまま二階のそれぞれの自室に荷物を置いて、階下へ。  キッチンに向かうと、やはり茗子が忙し気ながらも楽し気に料理を作っていた。颯真がそのまま茗子を手伝うというので、潤はリビングの奥、サンルームに向かう。早めに帰宅した和真がいるという。 「父さん」  潤が呼びかけると、和真はサンルームのランタンソファに横になり、脚を投げ出してのんびりくつろいでいた。  かなり珍しい光景だ。 「お。よく帰ってきたな」  おかえり、と和真に言われ、潤もただいまと挨拶する。  潤は向かいの一人掛けのランタンソファに腰掛ける。 「父さんがこの時間にいるのはかなり珍しいね」  そのように潤が言うと、和真は苦笑した。 「たまにはな。大型連休だし、こういう時間も悪くはない」  聞けば今日は久しぶりに母茗子と一緒に中華街にランチに行ってきたという。  実家から徒歩圏内にある中華街に食事に行くことはほぼないのだが、茗子お気に入りの中国茶のお店が中華街にはあるらしい。とはいえ、この大型連休の人出はすごそうだ。 「混んでたでしょう〜」  潤がそういうと、和真もくたくただと笑った。だが、普段多忙な両親が、そのように時間を見つけて二人の時間を大切にしているのは、息子としても嬉しい。  昔は和真も茗子も双子との時間をできる限りとってくれていて、ちょっとした外食や外出もしていた。一緒に映画を観に行ったり、祖父母と一緒に日帰り旅行をしたりという思い出も蘇る。また、茗子が社長に就任してからは和真が、茗子の仕事が終わる頃に、品川まで迎えに行くついでに家族で外食を楽しむといったことも頻繁にしていた。ちょっとしたお出かけなのだが、潤と颯真にとっては前日から楽しみにするくらいのイベントだった。  双子が成長するにつれ、両親は互いの仕事が忙しくなり、そして潤が社会人となった頃には、互いに責任ある役職に就いていることもあり、仕事に没頭していた。  あの頃くらいからもう家族でどこかに出かけるという機会はなくなっていた。 「しばらくお前達を放置したなぁ」  そのように言われて、潤は首を横に振る。 「べつに、そんなことはないよ」  二人が忙しいのはわかっていることだし、むしろその多忙の合間をぬって、家族の時間を持ってくれたことに、今ならば感謝する。  潤はもちろん颯真っだって、何不自由なく育てられたと思っているが、両親から見れば少し後悔が残っているのかもしれない。 「落ちついたら家族で温泉とかに行くのもいいな」  それ、いいなあと思いつつも、なかなか実現しないのは皆多忙だからだ。 「家族旅行! いいね。でも一番忙しいのは父さんだと思うよ」  そう言うと、違いないと和真は苦笑した。 「それはそうかもしれないなあ」  和真は潤に呼びかける。 「潤、颯真と母さんを呼んできてくれないか」  潤は、頷いてキッチンに向かった。 「父さん、ただいま」  颯真の挨拶に、和真が身を起こす。 「おかえり。仕事だったんだろう。大変だな」  父のねぎらいの言葉に颯真は学会前だから準備で多忙なのだと話した。潤は颯真にさりげなく促され、和真の向かいのランタンソファに腰掛ける。颯真もその隣に座った。そして、茗子は和真の隣に。  両親と相対する形となった。  和真が身を乗り出し、颯真を見た。 「今日は、お前にこれを渡しておこうと思ってな」  取り出したのは手のひらにすっぽり入るほどの大きさの革のケース。そのケースにはチェーンが付いているのだが、一体何なのだろう。  潤が疑問に思っていると、和真はそのケースを開けて中身を取り出す。  和真の手にあったのは、懐中時計。それもかなり年季が入ったものだとわかる。古そうな雰囲気だが、じっくり見ると細い秒針が滑らかに動いており、しっかり時を刻み、現役であることが分かる。

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