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「とりあえず落ち着け。涙を拭いてな。瞼が腫れるぞ」  颯真はそう潤をあやして、背中をとんとんと叩いてくれた。  潤もまさか両親の前で泣くことになるとは思わなかったので焦る。ほらちゃんと深呼吸して、と促され、二人でスーハーと呼吸を整える。 「ご……めん。そうま」  そう謝る潤に、颯真は優しく潤が俺の代わりにこうして泣いてくれるんだから、謝る必要なんてないぞと言ってくれた。  両親は二人して苦笑していたみたいだった。  潤が落ち着いてから、四人はダイニングルームに移動して、母茗子が腕によりをかけた夕食を囲む。  茗子が昼間から準備してくれていたのは、父和真の好物のアイリッシュシチュー。  ラムと野菜をギネスで煮込んだ、シンプルな煮込み料理。ギネスの苦味も旨味に変わる大人の一皿だ。茗子のアイリッシュシチューは昔から和真の大好物で、潤と颯真もこの味で育った。  偶然だったのかもしれないが、父和真に二人の関係をばっさり否定されたあの日と同じメニューだった。あの日食べたシチューの味を、正直なところ潤は思い出せないが、今日は美味しくいただくことができた。おそらく、あの日も同じ味だったのだろうとは思う。  食事中の会話も、これからの楽しみが増えるものだった。   颯真が母茗子に、番契約を交わした後に母が所有している祖父母の家を譲り受け、改修の後に二人で住もうと思っていると打ち明けると、彼女のテンションが一気に上がって大喜びしてくれた。 「あの家を空き家にしておくのは忍びなかったのよ。颯真と潤が住んでくれるなら大賛成よ!」  茗子が喜ぶな、と以前和真が言っていたが、その通りだった。 「そう、こっちに戻ってくるのね。嬉しいわ」  そのようにしみじみ茗子が呟く。懸案だった祖父母の家が埋まるよりも、息子たちが近くに戻ることの方が彼女にとっては喜ばしいことだと表情で分かった。  茗子によると、あのような年季の入った洋館は専門の業者が補修するとのことで、連絡をとってくれるらしい。  茗子に話したことで、話がとんとん拍子に進み、一気に具体化する。今住んでいるマンションの更新をしたばかりであるが、次の更新まで待つことはなさそうだなと潤はぼんやりと思った。  さらに、茗子のテンションが最高潮になったのは、結婚式のプランを話した時だった。  潤が、身内を呼んでささやかな式を挙げたいと思っている、ついてはこの家で執り行えないだろうかと提案したところ、大きい家なのだからやったらいいと二言目で了承を貰った。 「ここで結婚式! いいじゃない!」  茗子の目が、意外なほどにキラキラしている。いつやるの、これから番ってからってなると秋がいいかしら……いや春の方が良い? とそわそわし始める。 「おい、まだこれから番うんだぞ」  和真に嗜められ、さらに潤も慌てて、まだそこまで決めてないから、と苦笑まじりに言うと、我に返った様子。 「そっか。でも、楽しみがまた一つ増えたわ」  茗子が嬉しそうに言った。  潤は母の意外な一面を見たなと思う。いや、やはり颯真と番い、結婚式を挙げることは、単純に親孝行になるのだと確信した。  さらに、茗子は自分の親友の真木瑤子を巻き込んだらどうかと言い出した。 「そういうことはプロだし。貴方たちの結婚式だなんて聞いたら絶対に仕切らせろってなると思うから、今のうちに言っておいた方がいいわよ」  そう言って笑ったのだった。 「緊張している?」  翌日、天野家の玄関に立った颯真に、そのように問いかけられて、潤は苦笑した。えへへ、大丈夫だよ、と返す。  中目黒に帰る前に、颯真が天野医院に寄ると言い出した。  聞けば、天野に近況報告を兼ねて少し話をしに行くという。家族と身内から番うことを容認して貰えたという報告をしたいのだろう。 「僕も行く」  潤がそういうと、無理しなくていいぞ、と嗜められた。潤が、オメガ性を受け入れられなかったことから、ホームドクターの天野を苦手としていることをもちろん颯真は承知していたからだ。 「ううん。颯真がお世話になった人だもん。僕も……あ、でも僕がいたら話しにくいことがあるなら遠慮する」  積もる話もあろうからと、すると颯真が潤の手を握って引き寄せた。 「潤がいたら話しにくい話なんてないぞ。一緒に番う報告ができるなら、天野先生も喜んでくれる」  そう言ってくれたので、潤も付いていくことにしたのだ。

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