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母茗子からの連絡はいきなりで、潤は少し緊張した。
「報告が上がってきたわ」
その一言で潤は察した。昨日、香田から飯田を通して潤に報告が上がってきた週刊東都の質問状と掲載報告は、昨日中に関係者に周知され、今朝になって飯田から親会社に報告がされたのだろう。茗子の耳に入れば、当然ながら連絡はやってくる。
潤は少し安心して頷いた。
「しばらくお騒がせするかもしれません」
一応、上司と思っての対応。
すると、茗子はくすりと笑った気配がした。
「案外落ち着いていて、安心したわ」
その口調は柔らかく、身内を思わせるものだった。潤も少し安堵する。
「僕は大丈夫」
潤は頷いた。
茗子はそうね、と頷いた。
「今の段階では、この程度しか対策を立てることはできないし、気を病んでも仕方がないわ。毅然と対応すればいいと思うし、報告も早かったから心配はしていない」
森生メディカルとしての対応は、親会社の社長の茗子から見て問題なかったようだ。
「あなたには飯田と大西がついているしね」
やはり潤が頼りにする部下二人は、茗子にとっても大きな信頼がおけるようだ。
そうだろうと思う。茗子にとってあの二人は、潤よりも長く一緒に仕事をしてきた腹心だ。幹部に引き立てたのは茗子自身だろうし、それこそ多くの苦楽をともにしてきた。信頼の度合い違うだろう。
「会社は大丈夫。問題ないよ。飯田さんと大西さんにはいつも助けられてる」
そう言えば茗子も安心するだろうと思った。もちろん、経験が浅い部分を、しっかりフォローしてもらえているから事実だ。
「それでも心配だった?」
潤がそう問いかけると、颯真はどう? と聞かれる。
「大丈夫、落ち着いてる。颯真はいつもの感じ」
「そう……」
昨日、掲載誌が発売されたら、颯真の職場の反応はどうなのだろうという話にはなったが、彼は意外なほどに落ち着いていた。
現場はともかく、誠心医科大学病院の経営層や患者からの反応で懸念する部分があるが、颯真は全てを受け止める覚悟を静かに決めていた。
腹の座り方が違うと潤は思った。彼はとっくの昔から全てを受け止める覚悟をしていて、たとえ万策尽きて追い詰められたとしても、それを受け入れる心の準備さえしていたのだ。
しかし、それはともかく、この件で颯真が何かを失うことは許されないと、潤は思っている。
「潤、颯真のことをよろしくね」
そんなことを、もしかしたら初めて言われたかもしれないと潤は思う。
茗子は、これまで兄として弟をよろしくと、颯真に潤のことを託したことはあっただろうが、その逆はあまりなかったように思う。
兄の颯真がアルファで、弟の潤がオメガだったから。
だから、この言葉は兄弟として潤を頼りにしているというよりも、母親として息子をよろしくと、颯真の番として頼りにされているような意味合いに受け取れて、嬉しくなるとともに気が引き締まる。
「うん。大丈夫だよ」
茗子に信頼してもらえているという気持ちもあり、潤は頷いた。
そして、初夏の大型連休は何事もないように過ぎ去ろうとしている。
翌日は五月六日。
週刊誌「週刊東都」の発売日を迎えた。
その朝も潤はいつものように、早朝に起床し、颯真と一緒に朝食を摂って七時に自宅マンションのエントランスに待機している社用車に乗り込んだ。
江上は一緒に出社すると言ったのだが、潤からしてみると尚紀の方が心配なので、番を優先してほしいと言っておいた。
七時半前に会社に到着し、会社の隣にあるカフェでいつものように店員の鳴海と挨拶を交わしてロイヤルミルクティをテイクアウトし、執務室に上がってくる。
PCを立ち上げて、チャットをチェックし報告として上がっていたメールを裁き始める。
テイクアウトしたロイヤルミルクティが濃厚で茶葉の香りが上品で……とても美味しい。作業の手を止めて、その香りと味わいを楽しむ。
作業再開。
しばらく集中して仕事をしていると、江上がやってきた。
「おはようございます」
思わず腕時計を確認すると、もう九時近かった。
「あ、おはよう」
潤が視線を彼に向けると、いつものようにスリムなスーツに身を包んだ秘書がおり、その手には今日発売された件の雑誌があった。
「買ってきたんだ」
「ええ、だって早く確認したおきたいでしょう」
そうだね、と頷く。もちろん潤も気にはなってはいて、コンビニで買うかを迷ったのだが、売上に貢献するのも癪で止めておいた。誰かが買ってくるだろうし、コピーが回ってくると思っていたのだ。
あなたも見たいだろうと思って持ってきました、と江上は言った。
手渡されて、潤は気がつく。
該当箇所は付箋でマークされていた。
「どうだった?」
「……ご自分で確認した方が良いかと」
そりゃそうだね、と潤も頷いた。
付箋の場所に指を挟んで開くと、大きなゴシック体で見開きいっぱいに書かれていて、否応なくタイトルが目に飛び込んでくる。
紙面にはこのように書かれていた。
「ペア・ボンド療法 禁断の治療の仕掛人が育む禁断の兄弟愛」
潤は息を呑んだ。
自分のことだと、思った。
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