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思わず、一度雑誌を閉じた。
そして深呼吸を二回。
正直、ここまではっきりタイトルで書かれているとは思わなかった。
「社長」
江上の気遣うような呼びかけに、潤は見上げて苦笑した。
「ちょっと刺激的なタイトルで、びっくりした」
すると江上が表情を厳しくして頷く。
「確かに。だけど、タイトルに社長の名前は入っていません。そこまでは書けなかったということでしょう。その程度と考えると非常に不愉快です」
そう眉根を寄せた。
「颯真との関係性がそんなに悪いことなのか。ここまで名誉を毀損されることなのか、たしかに事実は事実です。だけど、この媒体だって正論ながらもこの薄っぺらい正義を世間に振り翳せるほど清廉潔白なのか。正直そこまでは思えない。不快です」
江上の毒舌が止まらない。自分で確認したほうがいいと言ったくせに、記事を一読して思うところがありすぎたらしい。
記事を読んで、なおそのように内容を酷評する廉のはっきりとした態度に、このような反応をする人たちが周りにいるということを実感し、潤はホッとする。気持ちが落ち着く。
掲載誌を受け取ったのが、江上からで良かったと思う。そしてこの親友が最初に読んで、図らずとも鋭い視点の感想を述べてくれたことで、自分は少し距離をとった形で、客観的な視点で読めそうな気がした。
「廉、ありがとう。少し僕も落ち着いた。距離を持ってちょっと読んでみるよ」
思わず江上の名前を呼ぶ。
「少し刺激的な仕上がりですが、社長の名誉が毀損されるほどの価値はありません」
そうはっきり言ってくれて、潤は気持ちが軽くなった。
頷いて、気持ちを改めてページを開いた。
見開き上部に大きなゴシック体で書かれたタイトル。
「ペア・ボンド療法 禁断の治療の仕掛人が育む禁断の兄弟愛」
「禁断の治療」という文字の上にルビのような形で「ペア・ボンド療法」という言葉が乗っている。
……廉に言われてみると、ここに颯真の名前も自分の名前も入れられなかったのだなと感じた。
見開き含め三ページの記事の中に、香田宛に送られてきた写真も数枚使われている。確かに傍目からみると、距離感が近い男性が二人歩いている感じ。表情もわずかに捉えられていて、甘い雰囲気で恋人同士だろう。
冒頭から、社会的な地位もある双子の兄弟の禁断愛を激写したというくだりから入り、仲良くデートしているという部分も写真入りでレポートされていた。そして、アルファとオメガという珍しい双子の兄弟で、さらに番いたいと考えているという珍しい双子の素性が明かされる。
「この二人は、株式会社森生システムの代表取締役社長、森生和真氏の嫡男と双子の弟。アルファで兄の誠心医科大学横浜病院アルファ・オメガ科医師の森生颯真氏と、オメガで弟の株式会社森生メディカル社長の森生潤氏。
さらに二人の双子の兄弟を繋げるものが、昨年から誠心医科大学病院で臨床試験が行われている『ペア・ボンド療法だ』……」
東都新聞社などが以前書き立てていた「ペア・ボンド療法は『禁断の治療法』」というレッテルと、颯真と潤の関係を「禁断の兄弟愛」として引っ掛けているらしい。
たしかに、江上が言うように、この薄い正義感を世間に振り翳せるほどに清廉潔白な媒体なのか、と言いたくなるような内容だ。
潤は自分でも戸惑うくらい冷静に記事を読んだ。ショックを受けるだろうと思っていたが、もともと記事から距離を持って読んだせいもあるのだろうが、どこか現実味が持てないのだ。
自分たちのことが書かれているのに、自分の中では大したことはないという正常性バイアスが働いているのではないかと思う。
おそらく客観的な記事の評価という点では、自分の感覚も江上の感想も当事者に近いもので当てにはならない。
あとでこの記事を読んだ関係者からもきちんと感触をヒアリングしようと、考えてしまうくらい冷静だった。
そして潤は少し思い立つ。
「尚紀はこれを一人で読んだりしてないよね?」
この記事はペア・ボンド療法のことも触れられている。尚紀はショックを受けるに違いないと心配になった。こんなの一人で読む記事ではない。
廉は頷く。
「尚紀には帰ってくるまで一人では読むなと言ってあります。今日は外部の情報をあまり入れたくないですし、静かに過ごしたいから図書館に行くと言っていましたよ」
図書館!
「それはよかった」
心を落ち着ける、そのような場所が彼にあるのが幸いだ。
「割と図書館は行っているみたいです。近くにお気に入りにベーカリーもあるそうなので、大丈夫。きっと穏やかな一日を過ごせると思います」
江上の言葉に潤は一安心だ。
「社長、あのあたりの図書館でどこにあるかご存知ですか」
「え、知らない」
潤の即答に江上も苦笑する。
「ですよね。私は尚紀に教えてもらいましたよ。私や貴方より、尚紀は格段に知的で文化的な生活を送っているので大丈夫ですよ」
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【宣伝です】(以下読み飛ばしてもらって問題ないです)
廉と尚紀が行きつけの図書館に廉を連れて行きイチャイチャしたり、森生家のお花見ランチに参加してイチャイチャする幸せ溢れる余話を短編小説としてまとめています(紙本です)
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