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これがピークであってほしい、ここから鎮火に向かってほしいと、潤も香田も江上も祈るように願っていたが、なかなか現実は難しく、ネット上はさらに延焼を続けた。
ネットの中には、自分には全く関係ない他人事にも関わらず、「双子の番関係」が存在しているだけで穢らわしいと嫌悪感を持つ者が一定数いるらしい。
この層がわざわざ燃え広がらせているように潤には思えた。
「倫理観が破綻するって怖いことだね。兄弟で番うってどういう神経しているんだろう?#倫理観破綻#倫理観崩壊#禁断の兄弟愛」
「正直言って理解できない。自分の身に置き換えて考えてみて。家族と“そういうこと”をどうしてできるんだろう?#まさに近親相姦#本能に反する#倫理観破綻の兄弟#禁断すぎる」
「ずっと家族を性的な目で見てきたということだよね。どういう神経?気持ち悪い兄弟だなー#倫理観破綻の兄弟#まさに近親相姦」
気持ちが悪いとか、理解できないとか、ずいぶん攻撃的な表現だなと潤は嘆息する。
まさに自分のことを言われているのだが、客観的に見る余裕も出てきた。
傷ついてはいるが、慣れたのか、または感覚が麻痺してきているのか。酷い言葉も息を詰めることはあるが、一定の距離を取れば受け止められる。しかし、自分のこととして捉えられているのかはわからない。
江上には止められたが、潤はそれこそ必要だと感じたので、件の投稿の関連部分を、冷めた視線でざっと目を通していた。
確かに香田が言っていたように、関連投稿部分は賛否両論で議論が生まれていた。
とはいえやはり声が大きいのは投稿に対して肯定的な意見で、双子に対しては言いたい放題だ。
悪意に満ちた投稿を読み進めるに従い、気持ちがささくれ立ってきているのを自覚した。何度も深呼吸して、身体の空気を入れ替えたいと思ったが、割り切れない想いに襲われて、思わず手を止めた。
救いを求めて視線を泳がせる。窓の外は五月晴れ。しかし、潤の気持ちはそのように晴れ渡ることはない。
「気持ちが悪い」
それはあなた方には関係がないことだろう。
そんな反論が頭を擡げる。
「倫理観が破綻している」
倫理的に問題があることは端から承知の上で無関係だろう。身内に言われるならまだしも、無責任に正論で批判されるいわれはない。
まだ感情をぶつけるだけならばいい。言葉を尽くして罵られるとさすがに傷つく。
この関係を否定する言葉は強力で、声は大きい。
潤はここで実感を伴って気が付いた。これは颯真が潤と気持ちが通じる前に、一人で浴びてきた批判に近いのではないかと。
彼は小学五年生の時に自分の番が実弟だと突然自覚した。本人も受け入れがたく、世界が大きく変わったという。普通ではないとわかっていたし、その感情に答えが欲しくてさまざまな文献を漁ったという話をこれまで何度か聞いた。
その過程で、颯真は否定的な言葉の数々に遭遇したに違いない。今のような感情的な罵りではないにしろ、どんなに調べても自分の感情は禁断のインセストであるという、それ以上の言葉は見つけにくかっただろう。
最終的に中学生になってから森生家のホームドクターである天野に「初恋だね」と言ってもらえるまで、彼の葛藤は続いたというのだから、颯真の苦悩も深かった。
どのように罵られてもいい、と。弟が欲しい、と己の道を欲するに至った。試練を乗り越えて、片割れはあの場所にいるのだ。
彼は鈍感な弟が気持ちに気が付くまでじっと待ち、さらに両親や身内からのきつい言葉にも問いかけにも耐えた。
そんな颯真を本当の意味で傷つける言葉は、今はさほど多くはないだろう。
自分はまだまだだな、と潤は思う。
颯真を支えられる人間になりたいのに、今だって彼に支えられている。
潤はスマホのウインドウを一斉に閉じた。
少し疲れた。緊張して小さな画面を見ていた、ということもあり肩も凝り固まってしまった。
潤はデスクから立ち上がり首や肩を回して、一息つこうと思う。腕時計を見ると、ちょうど江上はミーティング中。給湯室でロイヤルミルクティーを淹れるかと考えたが、自分でやると秘書室のスタッフに驚かれるし、かといって頼むのも気が引ける。自分で階下のカフェテリアに行くことにした。
正直なところ、件の記事が出てから、階下に行くことにわずかな迷いを感じるようになった。
時間的にはまだ就業時間内だから大丈夫だろうか。ほかの社員とあまり鉢合わせたくない、そんな本音が胸にある。
先日は自分を探していた藤堂と待ち合わせた。思わぬ形で励ましてもらった。自分は人に恵まれていると思った。
いつまでも躊躇っているわけにもいかず、潤は江上にお茶を買いに行ってくる旨をメッセージに残して、部屋を離れた。
「なるほど、こういうこともあるのか……」
本社二階のカフェテリアの看板には「クローズド」の下げ札。今は休憩時間とのこと。
潤は思わず唸ってしまった。
社員の昼休みの利用が大方終わった後に、一旦店を閉じて休憩をとっているということを、不覚にも知らなかった。言われてみれば当然だが、タイミングが悪かった。
待つか代替にするか。……会社の隣のカフェまで足を延ばそうかとも考えたが、少し面倒臭い。結局、気を取り直して、ここから一番近い一階エントランスにある飲み物の自動販売機に向かった。
数台設置してある飲み物の自動販売機から吟味して温かい缶のロイヤルミルクティを買い求め、潤はそのまま到着していたエレベーターに足早に乗り込んだ。
室内には女性の社員が二人すでに乗り込んでいて、潤は失礼と言いつつ、最上階のボタンを押す。二人の女性社員は社長ということに気が付いた様子で「お疲れ様です」と揃って挨拶をした。潤もそれを返して、扉を閉じるボタンを押した。
エレベーターの室内に三人。沈黙の中に、どこか緊張した空気が漂う。
しかし、背後にいる二人が何か目くばせをしている気配を感じるのだ。
気のせいだろうか。自分が少し敏感になっているのだろうかと思ったが、布がこすれる気配がして、何かを合図しあっている空気も感じた。
気のせいではなさそう……。
潤は少し気持ちが萎んだ。
エレベーターが表示階の到着を告げる。
潤がボタンを押してやると、二人は会釈をして足早に去っていった。そこでも何かの意思疎通を図っている様子で、二人は無言で腕を叩き合っていた。
一体何の目配せをしていたのか。
潤はそれを見て、何とも言えない気持ちで再びエレベーターの扉を閉めたのだった。
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