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「社長が仰りたいことはわかりました。
マスコミとの有効な関係性を構築しておくことは、従来からなんら変わりはありませんが、リスクマネジメントの観点からすれば一般に繋がるツールは複数作っておくべきですね」
飯田がうなずく。
「そういう意味では、今回はウイークポイントを突かれた、とも言えそうですな」
大西の言葉に、潤も頷いた。
「私もそのように思っています。少し、内側を向きすぎていたのかもしれません」
森生メディカルは主に医療用医薬品と医療用デバイスを開発・販売している。しかも、非上場企業であり、株式を公開していないのだから、製薬会社とはいえ一般に知られる会社ではない。
例えば、ドラッグストアなどで売られている一般用医薬品を販売している会社であれば、製品を通じて企業像が見えてくるものだが、医療用医薬品は法律上、広く製品を宣伝することに厳しい規制がある。
広告を打って企業イメージを上げるという方法もあるが、これまでは事業の本分である研究開発投資を最優先にしてきた。それも一つの戦略であると考えてきたが……。
「今回ここまで騒ぎが大きくなってしまったのは、森生メディカルがどのような会社であるか知られていないのも原因の一つかもと思いました。社会との接点をきちんと持った戦略を、親会社に示しておくことで、今後に対する一つの牽制になるのではないかと考えました」
これからは世間にどう見られているのか、どのように評価されているのかにも敏感にならねばならない。いつどこで拡散されるかわからないのだから。
「私が進めておきたい、オメガが働きやすい会社であるとか、ペア・ボンド療法への関わりも、すべてCSR計画に繋がっているように思いますしね」
潤は笑った。大西は、なるほど言われてみれば、と頷いた。
「社会での認知度を上げ、イメージを高めることは、将来的なリクルーティングにも役立ちますね」
飯田が言う。
会社の知名度が上がればそれだけ優秀な人材が集まるし、名の知れた企業というのは家族の理解も得やすいものだ。
「……おおよその狙いは理解できました。江上室長の調査が完了次第、その強烈なメッセージや対話の場などを早急に整えましょう」
飯田が具体的なロードマップを示す。
「対話の場は、できれば……公募などで進めたいです。流石に、全員とというのは無理ですが、平等に、一般社員と話す場としての素地を整えたいので」
「承知しました」
最初に難色を示した飯田も最後は苦笑していた。自分の諦めの悪さはこういう時に発揮されるなど潤は思った。
二人が退室してしばらくして、社長室に入室してきたのは藤堂。
そして、彼は春日を伴っていた。
「社長、お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます」
藤堂のその畏まった挨拶に、わずかな違和感。
「どうした?」
潤がいつもの調子に問いかけても、藤堂はどこか口が重そうな雰囲気。
何をしに来たのだろうと思う。先日会った時とは少し雰囲気が違う。いつもの飄々とした雰囲気がない。
藤堂は少し潤から視線を外した。そして春日も。
これはなにか、言いにくい、嫌な報告だと潤は直感的に感じた。こういう勘は、とにかく当たるものだ。
深呼吸をして少し気持ちを落ち着けて、二人にソファーを勧めた。
潤は二人の対角線上のソファーに腰掛けた。藤堂はともかく、春日は恐縮しまくっている。社長室に入ることなんて、おそらく初めてのことだろう。場所はともかく相手は同期の自分なのだから、あまり緊張する必要はないと思うが、そうはいかないのだろう。
「で、なに」
密かに覚悟を決めて潤は問いかけた。藤堂は顔を上げる。それは少し緊張していて強張っていて。いつものファニーフェイスが、全然ファニーではない。
「今日は報告と謝罪に伺いました」
その真剣な表情に潤は自分の勘が的中したことを察した。きっと嫌な報告だ。
「何の謝罪?」
そう問いかけると、今度は春日が口を出した。
「そ、それは、わたしの方から……!」
躊躇いがちに春日は言った。謝罪が必要なのは彼なのか。
「社長……大変申し訳ありませんでした。今の騒動の原因は……、全部自分です」
背の高い春日が、潤の前でソファーの上で小さくなり、頭を下げた。
今の騒動……?
潤は思わず藤堂を見るが、彼は潤をいたわるように見て、そして春日に視線をやった。
意味が全く分からないのだが。
「どういうこと? 騒動?」
正直にいえば、今自分が巻き込まれている騒動が多すぎて、何を言っているのか分からない、というのもある。
騒動とは何を指しているのか。
春日は俯いたまま、小さな声で告白した。
「……実は、社長のお相手の話を、外部に漏らしたのは自分です……」
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