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 颯真が首都高を駆ってやって来たのは湾岸沿いの倉庫街。  そのまま南下して、目黒区から品川区を経由した大田区に入った感じがしていた。  この先、このまま行けば羽田空港だと気がついた時、空港の手前で車は有料道路を降りてしまった。あたりは工場や倉庫が並ぶエリアのようで、この時間になるとひっそりとしている。そんな街並みを徐行速度でしばらく突き進むと、大きく景色が開けて、目の前に運河が広がった。  暗いが、目を凝らすと緑地公園であることがわかる。そして、運河を挟んだ対岸はまさに羽田空港の駐機場のようで、スポットライトを浴びるジェット機が、ストイックな雰囲気で佇んでいた。そしてその先に広がるのは煌びやかな光の海。ターミナルだろう。ここは離発着が見えるビュースポットのようだ。  颯真は公園に隣接する駐車場に車を入れて停めた。  平日の夜にも関わらず、こんな場所に駐車している車は数台ある。颯真は目の前に羽田空港の滑走路が見える場所に駐車して、エンジンを切った。  空港が一望できる。おそらく颯真は自分を励ましたくて、このような場所に連れてきてくれたのだろうと、潤は思った。あまり来たことはないけれど、気分転換にはいいかもしれない。なによりその気持ちが嬉しい。  運転席の颯真を見る。  彼も潤を見た。 「こんな場所をよく知ってたね」  潤の感嘆に、颯真が少し得意げに笑う。 「お前と一緒に見たい景色は、いくつもあるからな」 「離発着が間近で見えるよ」  すると、轟音を立ててジェット機がすっと視界に入り込み、流れるようにスムーズに着陸した。まさに空の玄関口を間近に感じる。 「すごい……」  見惚れてそう呟くと、颯真が、潤、と呼びかけてきた。 「……ん?」 「このまま、どこかに飛び立とうか?」  一瞬、沈黙が舞い降りた。  本気なのか冗談なのか、あたりも暗くて車内も暗くて、颯真の表情も分からない。 「……颯真?」  思わず戸惑いが滲む口調で問いかけてしまう。颯真の口調は落ち着いていた。 「俺は、お前がいてくれれば何もいらない。  辛いと一言言ってくれれば、ここからお前を掻っ攫う」  颯真は本気だと察する。一言「辛い」と言ったら、本当にその通りになるに違いない。だから、彼は空港の近くまで、全てを捨てる覚悟で、ここまで連れてきてくれたのだと、その真意を察した。  おそらく今日の散々な出来事について、少しくらい伝わっているのかもしれない。 「……廉から何か聞いた?」  思わずそう聞いてしまう。すると、意外にも颯真は首を横に振った。 「詳しくは聞いてない。廉も聞けなかったって言っていたから」    この二人の間に存在するホットラインは健在だ。藤堂と春日との出来事を、明日になったら話すとしか言えなかった潤の苦しみを、江上は十分飲み込んで、颯真に連絡し託したのだろう。  そして、颯真はこの場所に潤を連れてやってきた。  江上の優しさと颯真の覚悟を感じる。 「廉にも心配かけてるよね……。だけど。どうしてもあの時は話せなくて」  そういうと、颯真の腕が伸びてきて、抱き寄せられた。颯真の胸の中は、暖かくて安心する。潤は安堵して目を閉じた。颯真の手が優しく潤の頭を撫でる。 「様子がいつもと違ったと……廉が言っていた」  潤は頷いた。 「……廉の前で泣くかもと思って。話せなかった」 「そうか……」  あの時は際どかった。自分をコントロールできるギリギリのラインに立っていた。あれを越えたら感情が溢れて、どうにもならなくなる怖さを感じていた。  ショックだった。  先ほどの大きい身体を小さく潜めた春日の姿を思い浮かべる。  彼に対しては「なぜ」という気持ち以外はない。なぜ佐賀と繋がっていた、なぜ佐賀に情報を渡したのだと。そして、なぜ今になって謝罪に来た。  佐賀と繋がったままのあれば、黙って情報を渡していれば良いだろうし、嫌になったのであれば佐賀と手を切って知らぬ顔をすれば良い。今になって、どうしてすべて話す気になったのか。  そして藤堂は……。信頼していたのに。同期で最も。  だけど、信頼だけではなくて、安定感と安堵感があった。彼が大丈夫と言ってくれれば、素直に大丈夫だと、潤は信じられた。  少し信用しすぎたのだろうか。裏切られたと思った。 「お前にそんな顔をさせているのは、あいつか。藤堂か」  考えこむ潤に、颯真が言葉をかける。  その率直な問いかけに思わず言葉が詰まった。そこまで話は伝わっているのだと思った。小さく頷いた。すると、背中をとんとんとしてくれて、慰められている感じがした。 「廉がさ、お前の様子がおかしくなったのは藤堂と……同期の春日だっけ? 二人と会ってからだと言ってて。それまでは何があっても冷静で、頼もしささえあったのに、一気にガラッと雰囲気がが変わったって。珍しくすごい顔をしてて、何も聞けなかったって、廉が言ってた」 「すごい顔……」  思わずそんな表現に反応してしまう。そんな顔をしていたのか。 「お前が帰った後に、あいつは藤堂に連絡したらしいよ。何があった? って聞いたら、『社長から他言無用と言われてます』って返されたらしくて。キレてたな」  あの二人のことを考えるとなぜなぜと疑問しか浮かばなくて胸が苦しい。だけど、江上には申し訳ないが、咄嗟に言ってしまった自分の言葉を、藤堂はきちんと守っている、と少し安堵した。  藤堂は、そういう奴なのだ。

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