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 藤堂は律儀で面倒見の良い性格だから。春日の件は……、彼が絡んでいたから、というのが理由なのかもしれない。  だけど、ミスはミスだし、部下の藤堂や春日がしでかしたことで、自分は颯真に迷惑をかけた。果ては、ペア・ボンド療法に関わっているすべての関係者に。 「颯真、ごめんね」  謝罪から入るのは自分の弱さだと潤は自覚している。申し訳ないと思っていても、颯真は優しいから、謝れば許してくれると思う。わかっていて、そうしてしまう。自分は狡い。 「どうした?」 「今回の僕たちの件……。外に情報を流したのは、春日だったんだ」  流石に颯真が驚いて言葉を失っているのはわかった。 「外っていうか……正確には佐賀に……」  その言葉で颯真の口調も激変した。 「なんだって。佐賀……! あいつか」  潤は颯真の胸の中で頷いた。 「どういうことだ。社内にスパイがいたってことか」  スパイという表現は刺激的だが、その通りで頷く他ない。彼はスパイ、ということになる。 「……それを見逃していたのが藤堂で……」  さすがに廉にはすぐには話せなかった、と潤は言い訳した。でも、明日には話す、と言い添える。 「俺から話してもいいぞ?」  颯真の申し出に、少し考えたけど、大丈夫と言った。おそらく颯真から話せば、廉が抱く藤堂の印象は最悪なものとなるだろう。 「藤堂のことは……別にしても、春日から佐賀に話が流れていたことが、僕はかなりショックで……まさか、こんな近くにあの男に繋がる線があったなんて」  ショックであり、迂闊だったと思った。まさか、まだあの男の影響が社内に残っているとは思わなかった。きちんと調べておかなかった自分の落ち度だ。  佐賀は、森生メディカルにすでに牙を剥いている。その腹づもりで臨んでいたつもりだったけど。 「春日もどこで僕達の関係を知ったのか……。詳しくはまだ聞いていない。だけど、きっと僕がどこかで迂闊に話したんだと思う。  それを彼は聞いて……」  不意に颯真が、言葉を遮るようにトントン背中を大きく叩いた。少し落ち着け、颯真が嗜めているようでもあった。 「お前は、嫌な想像が先走っていることが、よくあるよな。勘が良くて頭の回転が速いからなんだろうけど。でも、事実と想像の部分をきちんと切り分けろ。良くない癖だ。想像で傷つくことはない。  春日が俺たちの関係を知って佐賀に流した、今はそれだけが事実だろう? どこで知り得たかなんてまだわからない。お前の落ち度なのかも。だから、俺に謝る必要なんてない」  言われてみればそうだった。  彼が告白したのは、佐賀に自分たちの関係を漏らした、とだけ。あとは、相模原研究所での噂の発信源は春日で、藤堂はそれを見逃した、と。  それも潤が問い詰める中で彼らが認めたこと。彼らから詳細な事情は聞いていない。  潤の中では脳内で想像が暴走して、春日と佐賀がグルで彼が社内情報を佐賀に渡していた……最悪、春日は否定していたが、そこに藤堂も加担していたという可能性まで考えていた。  完全に藤堂を信頼した自分の落ち度で、管理責任が問われるとさえ思い詰めていた。  しかし、颯真がそんな暴走する潤の気持ちを宥めてくれた。そう、事実と想像の切り分けは大事だ。 「藤堂だって、どこまで分かってそのスパイを野放しにしていたのか……。その理由は聞いたのか?」  潤は首を横に振った。 「……カッとなって聞いてない」  そう、いろいろ聞いていないことは多いなと今更ながらに気がつく。 「そうか、ちゃんと釈明の機会は与えてやったほうがいい。あいつのためにも、自分のためにも」 「僕のためでもあるのか」 「もちろん。事の真偽を把握するためには大事なことだし、当然おまえはそれを踏まえて正しい判断を下さないとならない。  あと、お前はあいつのこと好きだろ」 「好きっ……!」  思わず颯真の言葉に動揺してしまう。もちろん、そういう意味ではないが、颯真からそんな言葉が出て、慌てないはずがない。 「腹心にする大事な要素だろ。お前自身が切り捨てたくないって思ってるんだから、きちんと事情を聞いてやれ」  颯真の言葉が優しい。潤は颯真の首筋に顔を埋める。 「ん……」  そう頷くと、よしよしと後頭部を撫でてくれた。 「颯真が……そう言ってくれて、僕は冷静になれた。ありがとう」 「どういたしまして」 「……颯真が、そんなふうに藤堂を庇うとは思わなかったな」  潤がそんな感想を抱くと、颯真が笑う。 「別に庇ってはないな。俺自身はあいつとは違うっていう、明確な箇所が明らかになって、嬉しくなっているところだ」 「どういうこと?」  颯真が抱擁を解いて潤の目を見据えた。  わずかな光源で煌めく、綺麗な瞳。 「俺は、絶対に、お前を裏切らないし、悲しませない。藤堂はアルファとして似たところがある奴だと思っていたけど、そこが決定的に違うな」  颯真の確信的な口調に、潤の胸に静かな安堵と喜びが湧き上がる。どんなことがあっても、自分には帰る場所があり、脅かされることがない、絶対的に安全な場所があるということを、改めて実感する。それは何よりも自分の深いところに静かに響く。 「そうま……」  言葉に潤みが帯びる。 「ありがとう……。颯真がいるから、僕は前を向いて戦える」  潤が颯真に抱きつくと、大好きな彼の香りが、大きく包み込んでくれる。 「俺のオメガは、凛々しくてかっこいいな」  颯真の言葉に照れる。 「僕のアルファも包容力があって、素敵だよ」  颯真がふふっと嬉しそうに笑って、抱きしめ返してくれた。  この安堵感に、今だけはもっと身を委ねたい。 「ねえ、颯真。もっと僕を安心させて……」  そうして、キスを求める。  颯真は嬉しそうに応じてくれた。 「もちろんだ。いくらでも……」

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