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「で、具体的にどうされるんです?」
江上の質問に潤は即答した。自分の中で覚悟は決まっている。
「向こうにとって手痛い情報を流す」
江上は眉根を寄せた。
「手痛い情報?」
潤は頷いた。
「佐賀には後ろ暗い経歴がたくさんあるだろう?」
潤が思い返すだけでかなりのものだ。
彼は、森生メディカルの取締役でデバイス部門の企画部長の地位にありながら、他社へ自社の機密情報を漏洩していたし、あろうことか、オメガのフェロモン抑制剤を研究開発製造を行う製薬会社にに勤めながら、オメガレイシストでもあった。
他社への機密情報漏洩が明らかになり、解任されることに危機を感じ、取締役会の開催を阻止するために、開催者である社長にフェロモン誘発剤グランスを潤に打ち込んだ行為は、傷害罪と医師法違反・薬機法違反で懲戒解雇されている。社会的な制裁を受けた身で現在の地位にあるということを世間に周知しようと考えていた。
「今話題の森生メディカルの取締役まで上り詰めたにも関わらず、情報漏洩と傷害罪で取締役を解任され、さらに懲戒解雇までされたなんて経歴が、今ネットを中心に勢いを飛ばす人権派団体『オルム』の事務局長の過去だ。十分センセーショナルだよね」
おそらく森生メディカルと佐賀との関係性など、あの男にとって探られたくない部分だろう。そういうものに限って広がっていく。ネットとはそういうものだと、潤はここしばらくで学んだ。
そしてこの情報は、伏せておくより今明らかにしたほうが効果は大きいと判断した。
相手が隠しておきたいと思う情報は、なにより大きな武器になる。
もちろん、自身を切り売りする感覚に近いものがあり、躊躇いはないわけではないが、表に出すメリットとデメリットを天秤にかけた結果だ。
「……」
どのような情報でも、潤は出すと決めたからには躊躇うことなくドライに扱う自信があるが、いきなりこのような策を聞かされた江上はおそらく気持ちの整理がつきにくいだろう。現に言葉を失っている様子だ。
そんな彼を見て、潤は口を開いた。
「この情報に関しては、メトロポリタンテレビの片桐さんに流していて、表に出すタイミングについても共有している」
流石に江上は驚いた声を上げた。
「もう?」
「うん。颯真も承知済みで共有している」
それはしばらく前……二ヶ月ほど前のことになる。発情期前の診察のために誠心医科大横浜病院に赴いて、颯真の診察の後にオフィスに呼ばれ、そこにいたのが片桐だった。
あの頃はまだ佐賀とのことを自分で話すのは生々しい部分もあり、躊躇う気持ちも強くて、それが結果として颯真にも心配をかけることになった。
しかし、今は番として満たされることも多く、また何より両親と一族から番う許可も得られたこともあり、思い出すのに辛い記憶ではあるものの、あの頃に比べれはマシになってきた気もする。
もちろん、佐賀に対する憎しみと恨みは変わらないが、そのきっかけとなった出来事は、潤自身少し距離をとって客観的に眺められるようになってきた。
さらに、片桐に対しても思うところがある。ベータにもかかわらず、颯真との関係もするりと受け入れてくれたことで彼に対して信頼感が増していることや、折に触れ様々な情報を提供してくれることは、大変ありがたい。寝かせている情報をスクープとして提供することで謝意を示したいという気持ちもあった。
彼との協定は、この情報を流すときには、連絡してほしいというもの。これまで二ヶ月間彼はこの件で沈黙を守っていたが、こちらから流してほしいということになれば、連絡すればいいのだろう。
しかし江上は難しそうな表情を見せた。
「ちょっと待ってください」
珍しく懸念を隠さない表情。わかっているんですか、と彼は言いたいのだろう。
「そこまで、社長が背負う必要がありますか。あんな人間を相手に……」
言い捨てるような口調で、言いたいことはよくわかる。
佐賀という男に対して、そこまで自分に負担をかける必要があるのか、というのだろう。彼が言いたいことはすごくわかるし、正論だと思う。
本来であれば、ここまで来たくはなかった。
もっと手前で、彼を止められていればと思うが、ここまで来てしまってはどうにもならないというのが、潤の判断だった。
「もう総力戦だと思うんだ」
潤は江上を見る。彼はまっすぐに潤を見る。彼は、何かに掴まれ息を呑んだ様子だった。
「もう出し惜しみなんてしていられない。この有益な情報を最大限の効果を期待できる形で世間に詳らかにするならば、どのタイミングにどのような形で出すか」
それでも気遣う様子の江上に、潤は慰められるような気持ちを抱く。
どこまでも気遣ってくれる親友。
きっと彼はここまで来ても、身を切る必要はないと思っているのだろうと思う。
だけど、おそらくこれまで以上に相手は手段を選ばずにやってくるだろう。大きなダメージを与えるには今がチャンスなのだと思う。
ついでに、彼に繋がろうとしている社内のスパイにも、大きなプレッシャーを与えることができる。このタイミングでこれだけの効果が見込めるのだから、放出しない手はない。
いくら大丈夫といっても、江上は心配するだろうと思う。
「僕には颯真がいるから、心配ないよ」
そう言ってみた。
あの時の癒えない傷を、潤は颯真と共有している。それによって癒された部分は確実にあるのだ。
彼にも、口にはしないが苦渋の決断であることは伝わっているはず……。
「わかりました。じゃあ、ちゃんと颯真さんにも連絡してくださいね」
潤はわかったと頷いた。もとより自分一人で決断したら颯真には恨まれる。彼の了解は必須だ。
「そうだね、お昼休みにでも連絡してみる。片桐さんに連絡するのはそれからにするよ」
潤がそのように頷くと、江上はようやく表情を緩めた。
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