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 颯真との通話を切ってすぐに、潤は江上を呼び出した。  まずは事の次第を尚紀に問い質すべきかと考えたが、思いとどまった。もう少し情報が欲しい。  休憩中の呼び出しとあって、緊急だと思ったのだろう、彼はすぐに社長室にやってきた。 「社長、お呼びでしょうか」  目の前の江上に、潤はあえて「廉」と呼びかけた。 「尚紀から何を聞いてる? 颯真がかなり項垂れていた」    尚紀の件を、当然彼が知らないはずはない。颯真をやるせない気分にさせたのは、自分も尚紀も同罪だが、事の次第を知る番の江上だって同じだ。  自分のことを棚に上げて、颯真をそんな気持ちにさせた、と少し責める気分でもあった。  すると江上は吐息を漏らした。 「そうか。颯真でもダメだったか」 「どういうこと?」  潤の問いかけに、江上の顔は秘書から尚紀の番のものに変わった。  彼によると、尚紀へのインタビュー取材の話は四月の半ば頃にあったという。しかし、ペア・ボンド療法の情報解禁などの兼ね合いから、実現は未定であったとのこと。 「インタビューを受けるにしてもまずはメトロポリタンテレビから、という程度だった」という。  それが急速に現実味を帯びたのは、大型連休後のここ一週間ほどらしい。  ペア・ボンド療法の治験結果が今月の学会で発表になることが明確になり、さらに尚紀が前向きになったためという。 「なんで、今なんだ」  このタイミングでどうして尚紀の気持ちが固まったのか。  大きなきっかけは、ここしばらくのネットを中心にしたペア・ボンド療法への中傷だろうということだった。  禁断の治療法と書かれたことがショックであれば、その後のネットのお祭り騒ぎも、当事者である尚紀の心を傷つけた。  その間、自分が何かできないかと尚紀は考え続けたのだろう、とは江上の言葉だ。 「インタビューを受けると言い出したのはここ数日なんだ」  安定期に入ったとはいえ、身重も今、そのような心身に負担がかかる取材に応じるのは止めた方がいいと、江上はかなり説得したという。  いつもは彼の助言を素直に聞き入れる尚紀だが、この時ばかりは首を縦に振らない。江上も譲らず、説得は数日にわたったとのこと。  江上の心配もすべて理解した上で、それでも尚紀の決意は変わらなかったという。 「いつもは柔軟である分、こうと決めたら譲らない頑固なところが、尚紀にはある」  江上は番をそのように評価した。  この件を巡って、二人の間が急速に険悪な雰囲気になるまで、互いに譲り合わなかったらしい。その苛烈さまで想像はつかないが、妥協点は見つからず……。  最終的に、江上がこのように提案したという。 「颯真先生の診断を仰いで、問題ないのであれば受け入れる」 「まじか……」  たしかに、江上としては何か本人を説得できる強い言葉が欲しかったのだろうというのは理解できた。自分でもそうする。だけど。 「颯真をダシにしたのは申し訳ない」  潤の反応に、江上も謝罪の言葉を口にする。番の話は番で解決してほしいとは思ったが、譲り合えず、意見の平行線を辿る二人が、最終的にどのような結論が出たとしても納得できるのは、信頼する主治医の言葉だったのだろうと思う。  颯真への信頼感が厚い証拠だとは思うが……。 「尚紀が怒ってるのは、ペア・ボンド療法の取り扱いだけじゃないんだ」  江上はそんなことを言い出した。 「いわばマスコミやネット……諸々に対してだな。ペア・ボンド療法については傷ついたと思うよ。でも何より、尚紀はお前達への言われなき中傷に憤っているんだと思う」  あのネットの誹謗中傷は、たとえ江上が身体に障るから見るなといっても無理だったろう。 「それで、なぜインタビューを?」 「おそらくお前たちの関係を、肯定してみせるつもりだと、俺は思っている」  だからマスコミの拡散力を必要としていると思うんだ、と。  江上の言葉に潤の中で罪悪感が急激に膨らんだ。結局尚紀を巻き込んでしまった。  身重の彼にそこまでのことをさせるまで、事態を収拾できなかったことに、潤は申し訳ない気持ちがさざめいた。 「廉、ごめん。僕の力が足らないばかりに……」  潤の言葉に、江上は首を横に振った。 「いや。これは尚紀が自分で決めたことだ。もちろん今の自分を分かっていると思うし……、それでも黙っていられなかったんだろう。  颯真が止められなかった今、俺は尚紀の意志の力を信じているし、全力でサポートするつもりだ」  潤は江上を見上げる。きっと納得はしていない、心配だってすごくしている。それでも番を信じている。  江上にしろ颯真にしろ、彼らの器量の大きさを潤は感じる。  おそらく力づくでも辞めさせたいに違いない。それでも、ぐっと受け止め飲み込み、すべて受け止め包み込む。 「本当に、お前が言う通り総力戦だなって思うよ」  江上がそう呟いた。潤もそれに頷いた。  総力戦は、潤にとって自分だけだと思っていて、口にした言葉だった。  先ほどとは違う感慨を持って受け止める言葉になった。  できれば、尚紀を総力戦などに巻き込みたくなかった。

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