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FORBIDDEN 第3章 (170)  江上には今夜帰りがけに尚紀に会いたいから、連絡を入れておいてほしいと伝えた。 「怒るわけではないよな?」  そう心配されたが、彼にどうして自分が怒れよう。逆に謝らねばならない立場だ。  尚紀の覚悟は十分に分かった。江上からも颯真からも十分に聞いた。しかし、最後はきちんと彼の言葉で話を聞きたかった。  江上は一礼した。 「承知しました。尚紀には連絡しておきます」  そういって江上は退室した。  再び社長室で一人になった潤は、デスクに放っていたプライベートのスマホを手にして電話帳を漁る。  出てきた番号をそのままタップした。  呼び出し音は数回。  お互いに何度か鳴らして出なかったら諦めるというのは不文律だった。  ただでさえ昼間に捕まえるのは難しい。諦めて通話を切ろうとしたところ、相手が出た。 「片桐さん」  そう呼ぶと、森生社長お疲れ様です、と誠実な片桐の声が聞こえてきた。 「お忙しいところすみません。今大丈夫ですか」  そう問いかけると、問題ないとのこと。潤は要件を手短に話す。  まずは自分の案件。潤は協定を結んでいた佐賀との因縁について、大々的な特ダネとして公にしてほしいと話した。  驚いた様子の片桐は今ですか、と言ったが、潤はむしろ今出すべき情報であると力説した。 「今飛ぶ鳥を落とす勢いの『オルム』の事務局長の過去の経歴は、ネット民が沸き立つと思うのです」 「……それはそうですが……」  やはり二ヶ月の潤も反応を心配してのことだろう。スマホの向こうで、いきなりの展開に戸惑っている様子が見てとれた。 「情報には鮮度があります。そういう意味では、この情報は森生社長が仰る通り、腐りかける直前の一番美味しい時期かもしれない」  熟れきった果実……と、片桐にはそう見えるようで、潤もまったくの同意見だ。 「だけど、出すにはリスクもあると思っていました。特に、森生社長のお気持ちの部分で」  そうして自然に気遣ってくれるので、潤も彼を信頼できると考えているのだ。  ありがとうございます、と潤は気遣いを素直に受け止める。 「私の方は、この二ヶ月で癒された部分もかなりあって……。ようやく、あの出来事を客観的に見られるようにもなってきました。  今は出し惜しみするものはない総力戦だと思っています。片桐さんがここだと思うタイミングでこの情報を使って欲しいんです」  潤の情熱的な言葉に片桐は少し考えている様子。 「そうですか。承知しました。そのようなお考えでしたら……、上の意向と判断によりますが、わたしも仕掛けるなら今だと思います。  森生メディカルという会社に、今悪い意味でスポットが集まっている。社長が仰る通りオルムの事務局長が元森生メディカルというだけで、インパクトがありますし、想像力が掻き立てられますね」  逆に言うと、今を逃すと次はないかもしれないということ。潤も頷いた。 「ぜひ。無駄にしない形でお願いします」 「承知しました。あと、確認をしておきたいのですが、このことは颯真先生は……」  迷わず頷く。 「大丈夫です。承知しています。まあ、かなり恨み言を言われましたが……」   「ははは、それはそうだと思います。森生社長を心配していらっしゃるんですものね。  私が言うのも少し違いますが、社長はもう少しご自身を大切になさった方がいい」    やはり、そう何度も潤を気遣ってくれる。だからこの情報を託すのだ。  そしてですね……と潤は本題に入る。 「はい?」 「モデルのナオキのインタビューが行われると伺いました」  片桐さんが申し込まれていましたよね、と潤が重ねて問うと、片桐は直球で尋ねてきた。  この関係に腹の探り合いや遠慮は無用だろう。 「ナオキさんは、社長のお知り合いでもあるんですか」  颯真先生が担当されていた患者さんだと伺っています、と片桐。  彼が、ナオキというモデルがペア・ボンド療法を受けたという話を芸能担当者から聞いたと話してくれたのはいつのことだったか。 「はい。兄もそうですが、親友の番でして、私にとっても身内も同然です」  身内、という言葉をあえて使った。 「だから驚きました。片桐さんからインタビュー依頼を受けたこともですが、彼がこのタイミングで取材を受けたことも、です」  その言葉に片桐も頷いた様子。やはり彼も今のタイミングで取材が叶うとは思っていなかったのだろう。 「自分で申し込んでいて、このようなことを言うのもおかしなものですが、私も同感でした」 「で、片桐さんはどのようなインタビューにするおつもりなんですか」  今は微妙な時期だ。  ペア・ボンド療法については結果がオープンになるのは学会なので、まさ少し先。となると、何を尚紀から聞くつもりなのか。 「聞きたいことは明確です。  なぜペア・ボンド療法を受けようと思ったのか、です」  ふと二人の間に沈黙が流れた。  片桐が言葉を続ける。 「今、ネット上ではペア・ボンド療法の可否ばかりが語られている。この治験で倫理が問われているとか、誰が得するとか、誰のためとか。当事者が置いてけぼりにされている気がするんです。わたしがナオキさんがペア・ボンド療法を受けたと聞いたのは、確かに芸能に強い記者からですが、インタビューの動機はもっと根本的な部分です……」 「当事者の話を聞きたい、ですね」  潤が言葉を受けると、片桐も頷いた。 「そうです。そして、当事者の声を、オメガの人たちに届けたい、です」  潤は頷いた。これでは、止めることは難しいなと潤も思った。これまで思っていたこの騒動の問題意識をそのまま片桐も感じていた。 「ナオキの話は、オメガの人たちにこそ、知ってほしいですね」 「とはいえ……状況が状況です。片桐さんはナオキに答えにくい質問もしちゃうのでしょう」  どこまで聞くつもりですか、とさらに踏み込む。  片桐も苦笑気味だ。 「答えにくい質問ですか、してしまうと思います。とはいっても視聴者が知りたいのは、そこもありますから」  その答えにくい質問というのを、具体的に何を指すのかは、二人とも具体的には言及しなかった。しかし、今答えるには勇気が要る質問がある。  たとえば、今回のネットの炎上騒ぎや、SNSでの批判、オルムへの思い、オメガに対する世間の視線、それら当事者の声を聞きたくて視聴者は見るのだ。 「でも、それに答えるかはナオキさん次第だと思います」  その言葉に潤は安堵した。答える側に委ねられるらしい。あまりハードな質問には向き合わないでほしいと尚紀を思う。 「森生社長は、インタビューを止めたりしないんですか?」  片桐の質問に、潤は考えた。おそらく、止めても止まらないのだろうと思う。 「本音は止めたいです」  それは嘘偽りない本音。だけど……と潤はつなげた。 「でも、多分難しいんじゃないかなと思っています」  番の江上はもちろん、颯真だって止められなかった。  それは尚紀が確固たる意思で決めたこと。自分が何を言っても無駄ではあろう。 「彼の意志を、僕は尊重します」  だからこそ、頼まずにはいられないのだ。 「ぐれぐれも、尚紀のことをよろしくお願いします」  その思いを、おそらく片桐もわかっている。「承知しました。ナオキさんをお預かりします」  潤は片桐との通話を終わらせた。

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