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その日、潤は仕事をかなり早めに切り上げることにした。
午後には藤堂と春日を再び呼び出し、社長命令として『未来共創プロジェクト』の中心メンバーに任命し、オリエンテーションを兼ねた今後に向けた軽いミーティングを行った。プロジェクトの方向性やそれぞれに期待することを議論した後、しばらく任せるので二人が思うようにやってほしいと話した。
藤堂は淡々としていが、春日にはわかりやすいほどに響いていた様子。刺激を受けているように見え、自分の期待を乗せた言葉は彼を奮起させたようだと、潤はひとまず安堵した。
それからいくつかの報告を受け、決裁とメール処理を行って、夕方前にはひと段落の区切りをつける。
江上はまだ仕事が残っているというので、潤一人でそのまま社用車に乗り込んで、品川の本社を後にする。
当初は、わたしも一緒に、と江上は同行を望んでいたが、潤がそれを断った。
「こういうのは、ゆっくりオメガ同士で話したいなって」
いつかの「オメガ同士の内緒話」の続きであると、潤は思っていた。
潤と尚紀の間でも、いろいろ思うところがあると伝わったのだろう。江上は思いとどまった様子で頷いた。
「わかりました。そのほうが尚紀も本音を話しやすいのかもしれません。よろしくお願いします」
きっと江上も、潤が尚紀を止められるとは思っていない。でも納得しきれてもいないのだろう。彼が何を考えて、このような行動に出たのか、理解したいと思っているに違いない。
「まあ、何かわかったら共有するね」
車窓から、夕刻の都内の街並みが流れていく。
品川から中目黒までは、夕方の混雑した交通事情を含んでも四十分くらいだろう。
来月にはもう夏至がやってくる。一年で一番昼間が長い日だ。午後六時を過ぎていても、夕日が街を照らし、黄昏の街並みは長い。
潤は途中で社用車を停めて、駅前でプリンとアップルルイボスティーを買う。尚紀への手土産。なめらか食感のカスタードプリンは尚紀の好物だ。とくにこれが効くとアルファ二人のお墨付きの逸品。
おそらくこれらを渡せば、尚紀は表情を綻ばせるだろう。それを想像し、少し気分が軽くなった。
結局真意を問い糺すなどといっても、自分と尚紀の仲だ、腹に含むものなどない。尚紀は素直に話してくれるだろう。
しかし、片桐の話を聞くと、それはおそらくオメガしかわからない感覚が含まれている気がする。
このプリンとルイボスティーも、尚紀に喜んでもらいたいから買っていくのだが、少し含むところもあった。アルファ二人の真心が伝わればいいなと思うのだ。
社用車を江上のマンションの前で降りる。そのまま車を返し、潤はマンションのエントランスに足を踏み入れた。
江上宅には何度か訪れたが、やはりここで印象深かったのは、大みそかでの出来事。
颯真とのことで気持ちがぐちゃぐちゃになって、そのまま彷徨うように辿り着いたこのマンションのエントランスで、潤は江上と、彼の番になった尚紀と再会した。
江上は尚紀を選んだ。自分は失恋した。
そう思っても、不思議と尚紀を憎い相手とは思わなかった。現に二人の姿を確認して、ホッとして飛び込んだのは尚紀の胸だった。
今思えば、あれは本当に恋心だったのかと疑問に思う部分もあるが、とにかく自分の気持ちが届かなかっただけ。尚紀は変わらず大切な相手だと実感した出来事だった。
どこまでも大切にしたい。いつまでも幸せであってほしい。
そう思っていたから、江上と番になったと聞いてまず安堵した。相手が江上であれば、もう尚紀に辛いことは起こらないと、病院の談話室で膝を抱えて、思い詰めたように夜景を見つめることもないだろうと思った。
それからしばらくして、彼に夕食を振る舞いたいと呼ばれ、再び訪ねたこの部屋で、江上の子供を身籠ったことを知った。
予想以上に嬉しい、感涙の報告だった。自分のことのように安心した。もう尚紀には笑顔の絶えない未来しかないと、あの時確信したからだ。
尚紀にはこの先ずっと、幸せでいてほしい。
「はい」
エントランスで江上家のチャイムを鳴らすと、カメラが回っていて、相手がわかるのだろう、尚紀は相手が潤であることを把握しているようで、すぐに解錠してくれた。
「ありがとう」
潤はそのまま隣の自動ドアで館内に入りエレベーターへ。
エレベーターを降りると、玄関の扉を開けて、尚紀が待っていた。
青いストライプのシャツを緩く着こなし、白いパンツ姿。爽やかな装いだ。
「潤さん、いらっしゃいませ」
朗らかな笑顔で尚紀が出迎えてくれた。
「廉は残業なんだ。今日は僕だけ。ごめんね」
そう潤が謝ると、尚紀は首を横に振った。
「そんなことないです。潤さんが来てくださって嬉しいです」
尚紀がふわりと笑う。とたんにいい香りがした気がした。
「体調はどう?」
「おかげ様で順調です。安定期にも入りましたし、このまま何事もなく、無事に生まれてきてほしいです」
そんな願いに潤も頷いた。本当にその通りだ。
「大したものではないけど、お土産です」
道中で購入したプリンとアップルルイボスティーが入った紙袋を手渡す。想像した通り、尚紀の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます。あ、プリンだ! お茶も……」
尚紀が嬉しそうな笑顔を潤に見せる。僕ここのプリン大好きで、という彼に潤は頷いた。
「知ってるよ〜」
かつて江上がなめらかプリンを尚紀のために買い求めているところに潤は同行していた。今日は同じ店で買ってきたのだ。
尚紀もそれを思い出したのだろう。
くすりと笑った。
「そうでした。ありがとうございます」
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