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尚紀は自分の経験を言葉にして伝えることで、いま辛い立場にいる子達を勇気づけたいと思っていて、自分の言葉の強さと波及力を尚紀自身が自覚しているから。
そのきっかけは潤と颯真のことがあったからで、その言葉が、状況が、巡り巡って、二人の苦境をアシストすることになると、感覚的に理解している。
潤はすっかり納得させられてしまった。
尚紀が苦境にあるオメガの子達を気にかける理由は、おそらく自分のためでもあると潤は読んでいる。
以前、彼は横浜で起きたオメガの集団暴行事件をとても気にしていた。
数ヶ月前、オメガの男子高校生がアルファの集団に襲われたという痛ましい出来事だ。被害者は心と身体に深い傷を負った。尚紀はフェイクニュースが横行するなか手を尽くして情報を調べ、精査し、幸いアルファに番にはされなかったようだと胸を撫で下ろしていた。当時妊娠初期で、潤も廉もその姿にハラハラした。
その事件の被害者は保護されたのち、誠心医科大学横浜病院のアルファ・オメガ科の特別室に匿われていると聞いていた。颯真も治療に関わっていると聞いていたが、次第にマスコミの加熱報道も引いていったこともあり、その後を伝え聞くことはなかった。
この事件に取り組む尚紀の姿は、少し異様だった。それもそのはずで、事件を調べれば調べるほど、過去の自分を思い出して辛いと言っていたからだ。それでも目を背けずに調べたのは、過去の自分と被るところがあったから。
あの時から尚紀はこのような目に遭うオメガの子が少しでも減ってほしいと願ってきた。
ペア・ボンド療法は、かつてそのような目に遭い、番契約を結ばされたオメガが、人生をやり直せる治療法だ。でもペア・ボンド療法だけがあれば解決というわけではなくて、このようなオメガ自体を減らしたいというのが、尚紀の究極的な願い。
それは彼の将来への希望だ。それに願い取り組むことで、彼自身の救済に繋がると思うのだ。あの一生懸命に調べる尚紀の必死な姿を見て、彼は過去を乗り越えようとしているのだと、潤は悟った。
その強さを、心から尊敬した。
そして、潤は尚紀の足掻きに、かつての颯真の姿を重ね見た。弟の関係を父和真に全否定された颯真が、父に関係を許されることにこだわることで、自分を救済しようとしたことと同じように思う。
周囲から見ると、どうしてと思うことでも、本人にとっては必要欠くべからざる過程なのだ。
きっかけは自分たちのことだった。だけど、インタビューを受けることで、自らの経験を外に向けて語り、今辛い思いをしているオメガの子たちに向けて語ることが自分の過去の経験に決着をつけることに近付くと、尚紀は思っている。
「潤さんたちが大切にしているものを僕も大切にしたい。だからオメガの人たちに伝えたいんです。他人事として片付けてほしくないから」
潤は思わず尚紀を抱きしめた。温かい、命を二人分感じる。
そう言う尚紀の気持ちを、潤は痛いほどわかる。これは尊重するべきことだということも。
「尚紀がこれまでの自分の経験を話すと決めたのは、そういうオメガの子たちだけに対してではなくて、そういう問題をみんなで考えて欲しいってことなんだね」
尚紀は潤の胸のなかで頷いた。
「僕の言葉にそこまで力があるかわかりませんが……きっかけになればいいなって。どうしたって、いろいろな考え方や思想はあるけれど、知っていると知らないでは大きな差があると思いますから」
尚紀の決心は諸刃の剣だ。大きな影響力を与えると同時に、それがどのくらいの大きさになるのかわからない。おりしもオメガに対してネガティブなイメージで語られることも多い空気だ。もしかしたら、影響が大きすぎて、尚紀自身になにかしらの返り血が浴びせられる可能性だってあるかもしれない。
それを守るのは自分の役割だと潤は心得た。
尚紀の決断は、自分や颯真が必要だと思っていても、できずにいたことだ。実力が伴わずに叶わなかったことになるかもしれない。それが叶う立場である尚紀が、密かにそのような志を抱いていたことに潤は驚き、同時に懸念を隠せない。
相互理解が差別意識の解消の第一歩になる。尚紀は、その最初の一石を投じようとしている。
「もう僕が尚紀を止めようとか……それは無理だ。それだけの志があって、それを知ったら」
自分は尚紀の歩む道を全力でサポートするだけだと潤は考える。
そして、やはり彼は表舞台に出るべき人間なのだとも。
「でも、これだけは……約束してほしい」
潤の苦渋の決断を尚紀もわかっている。
「なんでしょう」
尚紀の問いかけに、潤は大事な一言を打ち込んだ。
「インタビューの前に、廉にきちんと話すこと」
尚紀は潤を仰ぎ見た。
「君は廉の番だ。その立場を忘れないでほしい。話し合うんだ」
あえて、潤はそう言った。一人の身体ではないし、孤独ではない、人生を共に歩む相手がいる。それに寄り添う人間も。一人ですべてを片付けてはいけない。その相手を思って欲しい。心配を受け止めてほしい。
「プリンもお茶……ルイボスティーも、君を大切にするアルファが君を想って贈ったものだ。そんなアルファたちを傷つけないでほしい」
名前は出さない。だけど、それだけで伝わる。真心を込めているから。
もちろんです、と尚紀は頷いた。
「わかっています。廉さんを傷つけたいわけではないですし、僕が帰るのは廉さんの元です」
潤は頷いた。もう一人のアルファを請け負うのは自分だ。
「颯真は僕に任せて。尚紀を信じる」
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作中にある「横浜で起きたオメガの集団暴行事件」は3章10話、14〜20話あたりで言及しています。
復習されたい方はぜひその辺りをどうぞ!!
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