267 / 269
(175)
潤のその言葉に尚紀は目を伏せた。
「潤さんはやっぱりすごいや」
そしてそのように呟いた。
「尚紀?」
「僕は以前潤さんにすごく大事なことを教わりました。
「本当に大事なことです。とても感謝してて……。いつか潤さんのように、とは思うけどまだまだです。だから僕にできることをしたいと思います。
大丈夫です。僕を信じてください」
「でも、無理はしないで。僕たちのために」
それはどんな難しいことだと、潤にもわかっている。しかし、そう言ってしまうのだ。そんな心配を彼自身も察しているのか、ことさら力強く言い切った。
「そこはお約束します。大丈夫です」
もとから廉と颯真が二人で説得しても考えを変えることはできなかった。潤自身も当初からそんなことはできないと思ってここにいる。
そう考えた時に、彼の考えていることをここまで聞き出せて、納得することができた。また、まだ時間があるからその後のフォローもできるだけしようと思う。だからこのあたりで引き下がって、見守るべきだと思った。
「僕は自分ができることをしようと思う。ねえ、インタビューの収録はいつ?」
「木曜日です」
尚紀の言葉にびっくりだ。だって今日は火曜日。
「明後日……本当にすぐだね。オンエアは聞いてる?」
尚紀は首をかげした。
「たしか日曜日だと……」
思わず、オォと小声で呻いた。なんとそんなに直近の話とは思わなかった。これは片桐に一言二言くらい言ってやりたい気分だ。なにしろ時間がない。潤は密かに気を引き締めた。
それでも尚紀の前では何事もないように頷いた。
「わかった。僕も準備しよう」
「潤さん?」
尚紀はきょとんとした澄んだ瞳を潤に向けてきた。何を言っているのか分からないだろう。
「いいかい、尚紀。オンエア後のことは僕に任せて欲しい」
その彼の目をまっすぐ見つめて、潤は告げた。譲れない一線という気持ちを込めた一言に、彼は何かを察した様子で、静かに頷いた。
「わかりました。潤さんにお任せします」
同意を得たので、潤は自分がやるべきことをやるだけだと思った。
家主が帰宅する前に、潤は江上家を辞去した。くれぐれも無理はしないで、と玄関先で靴を履いてなおハグをして背中をさすりながら尚紀に言い聞かせる。
尚紀もはい、と素直に頷いた。
「潤さん、大丈夫ですよ。僕には廉さんがいます。僕の番で、潤さんの有能な秘書ですよ」
そのように言われて頷く。確かに。
彼は尚紀に何かある前に適切なタイミングで止めに入る。誰よりも信頼しているし、もちろん自分以上に尚紀のことを知っている。そんな親友の姿を思い浮かべて、ようやく気が落ち着いた。
「そうだね。いろいろ決まったら連絡するね」
「潤さん?」
「大丈夫。またね」
今度ね、と気楽に手を振って玄関で別れた。
マンションを出て潤は自宅までの徒歩五分の道のりの途中、歩きながらスマホを取り出した。
おそらく今日は颯真は早く帰ってくるだろう。それまでに話をまとめておきたい。また話してくれなかったと責められるかもしれないけれど、取材日が明後日、オンエアが日曜日というスケジュールでは一刻を争う。
そのまま片手でスマホの履歴をさらい、目当ての番号を探り当てる。そのまま画面をタップする。
忙しい人だとわかってはいるけれど、捕まって欲しいな……。
何度か呼び出し音が鳴り、それを辛抱強く待つと、相手が出た。
これは幸いだ。
「もしもし? 瑤子ちゃん?」
「あら、珍しいわね。潤から電話なんて!」
通話の相手、真木瑤子は明るい声で応じてくれた。変わらぬ様子と雰囲気に、潤もどこか嬉しくなる。
「こんばんは。忙しいところごめんね。今、少しいい?」
潤の控えめな問いかけに、瑤子は考える間もないくらいに即答する。
「もちろん。あんたからの電話を無碍にするほどの忙しさではないわ」
実際には分単位のスケジュールをこなしているに違いないのに、それを感じさせない余裕。改めて人として経営者として尊敬できる人だなと感じた。
「実はちょっとお願いしたいことがあって……」
「改まって何かしら」
日曜日にインタビューが放映されれば、世間はざわつくに違いない。知名度のあるモデルの劇的な過去。潤とて尚紀の過去の全容は知らないが、部分的に聞いただけでも十分衝撃だった。おそらくマスコミも食いつくだろう。
そんな中で、尚紀が落ち着いて過ごせる場所は自宅ではないと思うのだ。一般人だが江上の自宅などすぐに突き止められてしまうだろう。土足でプライベートに踏み込まれることになる。その前に尚紀と江上を避難させておきたい。
潤はそう考えていた。
その候補として咄嗟に思いついたのが、奥鎌倉だ。奥鎌倉の静かな場所で、ほとぼりが冷めるまで二人を匿っておきたい。
そのために瑤子の協力を仰ぎたかった。しかし彼女は二人と面識がない。この緊急性が高くて込み入った事情をどのように伝えれば納得してくれるか、少々言葉を尽くさないといけないと思った。
「瑤子ちゃんのホテルに、しばらく滞在させてほしい人たちがいるんだ」
急で申し訳ないけど部屋を抑えて欲しい、という潤の言葉に、瑤子は本当に驚いたのだろう。
一瞬黙ってから、一言。
「突然ねえ」
そう反応した。
ともだちにシェアしよう!

