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episode 3

―――遅くなるって言ってたな。 エルドレッドは週に1、2度帰宅が遅くなる日がある。ほとんどは仕事の為であるようだが、2回ほどアルコールの匂いがした事があった。 仕事の付き合いか、プライベートか。どちらか判断できないが、大人なのだからお酒を飲みたい時もあるだろう。 でも、どうしても色っぽい事を想像してしまう。 あれだけのルックスなのだ。 多少、表情が固まってても、モテるのは当たり前で。もしかすると、真人の他にも付き合っているオメガや女性がいるのではないか―――。 ―――あ~、ダメダメ、考えるな。 真人は頭を振って嫌な思考を振り払い、無理矢理、冷蔵庫の中身を思い浮かべた。夕食は自分の分だけだから、残り物で充分だ。 重い鞄を手に階段を下っていると、上から声が降ってきた。 「速川先輩!」 2年の不破拓海だ。 人懐っこい笑い顔を振り撒きながら、あっという間に階上から降りてくる。表情といい、動きといい、犬のようだ。 真人の横に並ぶと、不破は歩きながら大きく息を吐き出した。 「間に合って良かった。向こうの校舎から、先輩が図書室にいるのが見えて。走ってきちゃいました。」 にこりと笑う不破の顔は無邪気そのものだ。以前と変わらない態度で話しかけられて、真人は内心で戸惑いつつ、曖昧に笑って返した。 「先輩、これから暇してません?ケーキの美味しい喫茶店、見つけたんです。」 「いや、オレは―――」 「行きましょうよ。先輩、最近、付き合ってくれないから寂しい。」 「不破。前にも話したけと、オレはおまえに応えられない。」 不破はアルファだ。 真人の何を気に入ったのか知らないが、番になりたい―――と、前から不破に言われていた。でも、エルドレッドと出会う前からすでに断っていたし、国から書類が送られて来た時にも話をした。 番になる人が見つかったから―――と、きちんと話をした。 つもりだった。 「でも、先輩、番になってませんよね?ほら、アルファの匂い、あんまりしない。」 真人の頬の近くに顔を寄せて、不破がクンクンと匂いを嗅いできた。ギョッとして身を引くと、不破が楽しげに笑う。 「先輩のフェロモンの方が強いですよ。まだ、そういう事、してないんでしょ?なら、オレ、諦めません。」 階段を降りきって、不破が不意に立ち止まった。つられて真人も足を止めると、壁と不破に挟まれるような体勢になっていた。居心地が悪い。 「一緒に住んで3週間経ちますよね。まだしてないって、ちょっと信じられない。オレだったら、たぶん1週間も我慢できません。」 「―――大人なんだよ。」 背の高い不破が近い距離にいると、圧迫されているように感じる。さりげなく真人が体を少し左にずらすと、廊下の壁に―――つまり、真人の顔の左横に、不破が手を付いてきた。 「ガキとか、大人とか言う話じゃなくて、好きだからでしょ。先輩を好きだから、触りたいって思うんですよ。ねえ、先輩。その人、本当に先輩の事、好きなんですか?」 不破に問われて、真人は言葉に詰まった。痛い所を突いてくる。少しは親しくなれた気はするが、好かれているとも思えない。 けれど―――、 「好かれてないかもしれないけど、オレはあの人がいい。」 真人の返事に、不破が苛立って目を尖らす。上から高圧的に睨まれて、体がすくんだ。 真人が脅えたのを感じたのか、不破が勝ったように笑う。嫌な顔だ。後輩としては好きだったから、不破からこんな顔を向けられ、ショックを受けた。 「何でですか?あんな外人、10もオッサンだし、全然優しそうじゃねえし、女子大生に囲まれていい気になって―――」 「不破、何で知ってる?あの人の事。」 『運命の相手』なのだとは話したが、エルドレッドの個人的な事は何も口にしてない。エルドレッド本人を見ていないと分からないような事を言い出した不破に、不信感が芽生える。 「あ~、まあ、いいか。別にバレても。ちょっと先輩の後、つけたんですよ。で、あいつの事もつけた。 それだけ。」 「それだけって―――」 あっけらかんとした不破に絶句する。 間違いを犯すのが人間だから、思い余ってという事もあるだろうが、悪いことである自覚は普通あるだろう。しかし、不破から後ろめたさが見えない。 頭の中で警笛が鳴る。放って置けば、犯罪まがいの事すらするかもしれない。 「あの人に迷惑がかかる事はやめてくれ。」 キッと睨み上げて真人が言うと、今までふてぶてしく笑っていた不破の表情が消えた。

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